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絵・文: 川浦 良枝  出版社: 白泉社 白泉社の特集ページがあります!
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連載

祝! 王さま60周年記念! 「ぼくは王さま」を支える人たち 記念連載

理論社

2016/12/01

【連載】「ぼくは王さま」を描き続けて50年 和歌山静子さんインタビュー

【連載】「ぼくは王さま」を描き続けて50年 和歌山静子さんインタビュー

「ぼくは王さま」シリーズ60年の軌跡を巡る連載も今回が最終回。最後にお話を伺うのは、50年に渡って「ぼくは王さま」を描き続けてきた絵本作家の和歌山静子さんです。寺村さんとのエピソード、新作『王さまABC』(理論社)に込めた思いなどたくさんお話してくださいました。2016年10月に開催された「和歌山静子、王さまと出会って50年展」のレポートと合わせてお楽しみください。
●はじめて、寺村輝夫さんが知らない「王さま」作品が生まれました

王さまABC 王さまABC」 原作:寺村 輝夫
作・絵:和歌山 静子
出版社:理論社

――今回の「和歌山静子、王さまと出会って50年展」には新作『王さまABC』の原画も並んでいます。
『王さまABC』は昨年に出版されている予定だったのですが、制作に時間がかかってしまい、企画展と時期を合わせたように、出版されました。この作品は、私が今まで描いてきた「ぼくは王さま」シリーズと作り方が大きく異なります。「新・王さまえほん」など、寺村輝夫さんが亡くなってから発表した作品は、基本的に寺村さんが書かれたおはなしを、少し短くしてそのまま絵本にしました。しかし、この『王さまABC』は「寺村さんだったらどうするかな?」と、いつも考えながら編集者の岸井美恵子さんと2年がかりで作りました。
――和歌山さん初のオリジナルとなる「ぼくは王さま」なのですね。完成までに2年かかったとのことですが、特にどんなところに時間がかかりましたか?
「王さまらしい“ABCの絵本”とはどういうものだろう……」という答えにたどり着くまでに1年以上かかりました。AからZまでのアルファベットが載っている資料を手に、どんな単語を載せたらいいのか、王さまと英語をどうやって絡めたらいいのか、ずっと考えていました。なかなか答えの出ないまま、日が経っていく中で、「王さまABC」の骨子をひらめくきっかけをくれたのは、3歳の孫でした。ある日、孫と遊んでいたら、突然、「How do you do?」と言ったんです。私、孫が英語で話しかけてきたことにびっくりしてしまいました。孫のママは中国から来たので、日本の童謡「どんぐりころころ」などをスマホを使って聞かせているうちに、英語の歌も覚えたようです。でも、ふと、正しい文法が載っている本よりも、孫のように、日常的に発する何気ない会話文を王さまにしゃべってもらった方が、王さまの絵本らしいんじゃないかしら……と思ったんです。
―― そこで、短い会話文と、アルファベッドと絵という三位一体の作品が生まれたんですね。
それと、意識したのは同じ「ぼくは王さま」シリーズで、「あいうえお」を扱っている『あいうえおうさま』です。『あいうえおうさま』は1979年に出版されましたが、長い間小学校の先生がコピーして、1年生のひらがな学習に使ってくれていました。そのおかげもあり、子どもたちの中には『あいうえおうさま』のフレーズを口ずさんでくれる子も多いんです。

―― 20代、30代のお母さん世代の方は、小学校のときに『あいうえおうさま』を習ったという方も多いと思います。
『あいうえおうさま』の中で、特に寺村さんのすごさを感じるのは、ひとつのページに、名詞だけでなく、動詞、形容詞、副詞、オノマトペ、いろいろな言葉の使い方が含まれていることです。絵にも「あり」や「あめ」など文章に出てこないけれど、「あ」が頭につくものをたくさん描きました。

―― どんな絵が描かれているか、当てっこ遊びをするのも楽しいんですよね。
『王さまABC』も同じように「A」では「ant(あり)」や「alligator (アリゲーター)」など、アルファベットが頭にくるものを描きました。そうやって子どもたちが思わず使いたくなる会話文と、絵を見て当てっこ遊びをする楽しさを感じて、英語を知るきっかけになってくれたらいいなと思います。

―― デッサンモデルを務めているワニに「おまえはワニか?」と聞いたり、コックさんのカートの前にいる猫に「ネコ、きをつけろ!」と言ったり、翻訳されている言葉もとても王さまらしいですよね。
日本語訳の部分は岸井さん達がとても苦労して、王さまらしさを出してくれました。アルファベットと会話文と絵、3つのバランスが取れなければ、この作品はできなかったと思います。
●絵本作家として自信を持てたのは50代になってからでした。
―― 寺村輝夫さんとの出会い、「ぼくは王さま」との出会いのお話は以前、『新・王さまえほん 王さまめいたんてい』のお話を伺ったときに聞きました。フリーのイラストレーターをされていたとき、あかね書房にイラストの持ち込みをして、当時、編集長だった寺村さんに専属画家として「ぼくは王さま」の挿絵を描かないかと持ち掛けられたのですよね。
和歌山さんと寺村さんとの出会い、「ぼくは王さま」を描くことになったお話は、こちらのインタビューにも載っています。
そうです。3年間は王さま以外の作品に絵を描かないようにという約束で、契約料もいただけるという申し出でした。でも、私は3年たって仕事がない状態になるのは嫌だったから、「契約料はいらないので、就職先を世話してください」とお願いしたんです。そこで、紹介してもらったのが、堀内誠一さんのアド・センターだったんです。
―― そこで和歌山さんは、堀内誠一さんや絵本作家の西内ミナミさん、デザイナーの金子功さん達と出会うんですね。
当時、堀内誠一さんは本当に仕事が正確で、早くて、定規なんか使わなくても美しい直線がサッと引けてしまうし、パッと目を引く雑誌のロゴなんかもあっという間に作ってしまう人でした。それで、夕方になると私たちの仕事をしているデスクに来て「まだ、仕事終わらないの?」って私たちを新宿や渋谷に飲みに連れて行ってくれるんです。堀内さんの行きつけのお店には、絵本作家の先輩たちがたくさんいて、私は絵本や児童書の話を聞きながら、一緒に明け方近くまで飲み歩いていたんですよ。
――とても華やかな時代だったんですね。寺村さんとのお仕事はどのように進めていかれたのですか?
寺村さんは、とにかく読者である子どもたちを楽しませようといつもおはなしを生み出している方でした。寺村さんの原稿を見るといつも思うのですが、寺村さんは子どもたちが読みやすいように段落を変えたり、絵の入る位置を意識して、文章の長さを変えたりすることを、とても巧みにされていました。子どもたちに読みやすい、面白いと思ってもらわないと、「ぼくは王さま」シリーズを好きになってもらえないということを、長い作家生活の中で知っていらしたのだと思います。
――「ぼくは王さま」シリーズの中で、和歌山さんが特に思い出に残っている作品はありますか?
私が印象的なのは、「ちいさな王さま」シリーズです。これは、「ぼくは王さま」の全10巻が終了して、『ぼくは王さま全1冊』も出版された後、あるとき寺村さんが突然「『ちいさな王さま』を書く」といって書きはじめたの。「ぼくは王さま」の王さまは、基本的にお城にいて、大臣やコックや、先生と暮らしているでしょう。でも、「ちいさな王さま」の王さまは学校に通っています。このシリーズをはじめるとき寺村さんから「実験的に、いろいろなことを試してみたら?」と言っていただいたんです。寺村さんご自身も「ちいさな王さま」シリーズでは、今までの「ぼくは王さま」ではできなかった、学校の中での王さまの生活や同級生とのやり取りを描いています。そんな新しいチャレンジを、私にもしてみないかと提案してくれたんです。私も、今までの描き方以外の可能性を探るチャンスなんじゃないかと思い、色鉛筆を使ったり、貼り絵を試してみたり、画材を変えて王さまを描くことができたのが良かったですね。
――同じ「ぼくは王さま」シリーズの中でも、新しいチャレンジを何度もされてきたのですね。寺村さんは和歌山さんに対して、いつもどのように接していらしたのですか?
「ぼくは王さま」を描きはじめた当初は、私があまりにも児童書や絵本のことを知らないので、ずいぶん叱られました。例えば、寺村さんのおはなしの中にキツネが出てくる場面があって、私がキツネを描いたラフスケッチを見せると「君の描いたキツネは、今まであちこちで見たような、ステレオタイプのキツネだ」というお叱りの手紙を速達でいただいたことがあります。
―― 手紙で感想が送られてくるんですか。
たぶん、電話だと怒鳴ってしまうから、冷静になるために手紙を選ばれたんだと思うんです。でも、私がスランプで悩んでいるときに、「子どもたちから届く感想のお手紙には、王さまの絵がたくさん描かれてくる。それは、君の王さまが、子どもたちが真似をして描きたくなる王さまだからだ。だから、この絵のまま進めばいいのだ!」ときちんと言ってくれる優しいところもありました。

―― 寺村さんは和歌山さんのことを、いつも考えてくださっていたのですね。
そうですね。でも、30代から40代と「ぼくは王さま」シリーズを描き続けていると、私の中に“「ぼくは王さま」の和歌山静子”、“寺村輝夫の絵を描いている和歌山静子”から卒業して、“絵本作家の和歌山静子”になりたいと思う気持ちが常に付きまとっていました。それで、王さまの太い線以外の絵でいろいろタッチを変えて絵本の絵を描いてみたけれど、自信のなさが絵に表れていたのか、出版後ほどなくどれも絶版になってしまいました。だから、よく「絵本作家『ぼくは王さま』を描き続けて50年」と言われるけれど、私の中で本当の意味で絵本作家になれたのは、50歳を過ぎた頃からなんです。
―― 20代から活躍されている和歌山さんが、ご自身の作品を認めるのにそんなに時間がかかっていたなんて驚きです。「絵本作家になれた」と思ったきっかけは何だったのですか?
1992年に中国に旅行に行ったとき、今までと違う写実的なタッチで風景をスケッチしてきました。それを、京王プラザホテルの画廊に出したら、その絵を買ってくれた方がいたんです。20年近くずっと「ぼくは王さま」の太いタッチでしか私の作品を認めてもらえないと思っていたので、「私の太い線の底には写実的な絵を描ける力が眠っているんだ」と自信につながりました。そして、「私は私にしか描けない絵を描くしかない」とはじめて、絵も文も自分で考えて絵本を作ろうと思ったんです。
―― 和歌山さんの自作絵本の一冊目は、『ぼくのはなし』『わたしのはなし』『ふたりのはなし』(共に童心社)の3冊ですね。
はい。ちょうど息子が小学校4年生になって、学校で性教育を学ぶ時期でした。でも、日本の絵本で、性教育を分かりやすく解説した作品はありませんでした。それで、それまで息子のために絵本を描くことをしていなかったけれど、1冊くらい息子のために絵本を描いてみようと思って描きました。
―― 自作の絵本を作ることでも、自信につながっていったのですね。
そうなんです。自分の絵に自信が持てるようになった私は、30〜40代に絵を担当して絶版になってしまった、寺村さんの赤ちゃん絵本などの作品を新たに絵を描き直して、出版社に相談し、新版として出版しました。そうすると、たちまち重版がかかり、韓国や中国など海外でも出版されるようになったんです。子どもの世界を描いたおはなしは時代を超えて普遍的なものだと思っていたから、この変化はとても嬉しかったですね。

―― ご自身の努力が報われた瞬間ですね。
ただ、だからと言って、私の絵本作家50年の半分が無駄だったのかというと全くそんなことは思っていなくて、たしかに作家としてはしんどかったけれど、私の周りには寺村さんをはじめ、堀内誠一さんや太田大八さんなど、良質な仕事をしている大人が沢山いてね、私の創作活動にとても良い栄養を与えてくれていたんだと思います。
―― 絵本作家の先輩方との交流の時間も、後の和歌山さんの糧になっていたのですね。

だから私も、「そんな簡単に、自分が納得する絵は描けないのよ」ということを、絵本作家を目指す若い人たちに伝えたいと思うの。私の場合、寺村輝夫さんに見出だされて、20代から代表作に出会えたけれど、その陰で常にコンプレックスを抱えて生きていました。でも、「王さま」を描き続けなければ、自分の絵に自信を持てることも、50年も絵本を描き続けることもできなかったと思うので、本当に寺村さんには感謝しています。
●まだ王さまと出会ったことのない子どもたちに届ける「王さま絵本」を作りたい。
―― 『王さまABC』が出版され、次に和歌山さんが描きたいと思う作品は何ですか?
王さまで描き残しているとしたら、もっと小さい子が出会う「王さまの絵本」です。8月に絵本専門店のブックハウス神保町さんでワークショップをさせていただいたのですが、そこに参加してくださったお子さんは、まだ「ぼくは王さま」と出会う前の年齢の子たちでした。「ぼくは王さま」は児童文学だから当然よね。でも、小さな子どもたちが集まったのは、その子のお母さんたちが王さまファンだったからでしょう。子どもだったお母さんが、生まれた我が子に新しい「王さま絵本」を読んであげることで、全く新しい喜びに出会ってもらえたらと思います。そして、その子がもう少し大きくなって長い物語の「ぼくは王さま」と出会ったら、きっと手に取ってくれると思うの。寺村さんは、子どもたちが読みたくなる物語をたくさん残してくださっているのだから。私は、そのおはなしの種と、今の私のタッチを使って、もっと小さい子どもたちに向けた王さまの絵本を作ってみたいと思います。
―― どんな作品になるか、とても楽しみです。
きっと物語の本質は変わらないと思いますよ。王さまはやっぱりわがままで、いばりんぼう。大臣やコックさんを困らせていると思います。そして、なんと言っても「たまご」! たまごがなくちゃ、王さまのおはなしとは言えません。たまごと言ってもいろいろあるでしょう。大きさ、形、模様、そこから何が生まれてい来るのか……。そんなワクワクするようなおはなしを描くまで、私は絵本作家を続けていくんだと思います。
――次なる 「王さまの新作絵本」、すぐに読んでみたいと思いました。
残念ながら、ほかの絵本の仕事もあるので、もう少し時間がかかると思います。でも、子どもの頃に「ぼくは王さま」と出会って、王さまと友だちになってくれたお母さんたちも、お子さんやお孫さんと一緒に楽しんでもらえるような絵本をきっと作りたいと思います。
―― ありがとうございました。

●「和歌山静子、王さまと出会って50年展」が開催されました。
2016年9月26日(月)〜10月8日(土)まで、表参道にあるPinpoint Galleryで、和歌山静子さんの個展が開催されました。

「ぼくは王さま」初期の原画から、最新刊『王さまABC』の原画、和歌山さん所蔵の超レアなお宝グッズまでたくさん展示されていました。




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