平塚らいてうは、明治時代に生まれ、大正時代から昭和時代にかけて活やくした社会運動家です。社会的活動は男性が中心になって進めるのがあたりまえだった時代に、女性向けの文芸雑誌『青鞜』を女性だけで発行しました。25歳のらいてうが創刊の辞として書いた「元始女性は太陽であった」という文章は、女性自身が発した女性解放宣言として、多くの人びとの共感を得ました。それ以後も、「いのち」を生み育てる母としての生活体験から、母と子が守られる社会、母の声、女性の意見が反映される社会をめざして活動しました。敗戦後は、「いのち」をうばう戦争に反対し、世界の平和をうったえました。日本が日本国憲法の基本理念である非武装、非交戦をつらぬき、東西どちらの陣営にもくみしない中立の立場を守ることを希望し、85歳で亡くなるまで平和運動に力をそそぎました。女性を太陽と表現して力強い女性解放宣言をしたことや、男が女を支配する「家制度」にもとづいた結婚に反発して事実婚を選んだこともあり、強烈な活動家のイメージもありますが、素顔のらいてうは、座って沈思黙考する物静かな人でした。本書では、平塚らいてうの孫で、子ども時代に三世代同居していた奥村直史氏が、残されたノートや手帳にも目を通し、らいてう本人になりきってその生涯を語ります。
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