元天声人語の栗田亘さんの新著である。名筆といわれた著者は読者少年だった。生まれて初めて出合った絵本が
「大男とトム」。小学生のときは「飛ぶ教室」 や「トム・ソーヤーの冒険」中学生では蕪村の俳句、漱石の「坊ちゃん」。
正蔵の「あたま山」で落語に、中也から詩に目覚め、ついに「本はぼくの先生だっ た」に至る若き日の読書物語である。
栗田亘さんの「漢文を学ぶ」1,2,3,4の愛読者である茨木のり子さんは一読、絶賛。
とくに与謝蕪村の「およぐ時よるべなきさまの蛙かな」の文中、
著者 が朝日新聞社の入社試験に挑んだ折のエピソードが実によい、と手放しで褒めてくださった。次の一文である
▼突然話が変わるが、新聞社の入社試験には作文が出る。課題が一つ示され、八百字とか千字とかで文章を書かなければならない。しかも、語学や一般常識といった試験科目のなかで、作文の比重は結構重い。
▼ざっと四十年の昔、ぼくも試験を受けた。どんな課題が出るか見当も付かない。前の晩ぼんやりと蕪村句集を開いたら、この句に出会った。うん、単に情景描 写だけでなく深みがある、想像力をかき立てる。これ使える、と思った。どんな出題であっても最初の一行にこの句を書こう。そこで心を落ち着けて、つぎに何 を書くか考えよう。
▼翌日、出た題は「職業」だった。予定通り、いきなり「およぐ時よるべなきさまの蛙かな」と書いた。それで……結果はうまくいった。
▼蕪村には恩もある。お世話になった。
紹介する書名はその他にも「ガリヴァ旅行記」「ドリトル先生航海記」
「チボー家の人々」「どんぐりと山猫」など17点である。
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