●原点になったのは、子ども時代の体験
───多数の定番作品の一方で、あまり知られていない名作童話が入っているのも「せかい童話図書館」の特徴だと思うのですが、ラインナップはどのように決めたのでしょうか。
たとえば、『ほしのこ』はどうして入れようと思ったのですか?

お宝本の数々…! 貴重な古書を見せていただきながらお話をうかがいました。
『ほしのこ』を知っている方は、あまりいらっしゃらないかもしれませんね。オスカー・ワイルドの作品のなかでは『しあわせのおうじ』にならぶ名作だと思います。 みなしごの美しい男の子が、ある日ぼろぼろの服をきた女の人に会う。その人は母親だと名乗るけれど「ひきがえるのほうがまし」といってしまいます。すると男の子の顔は、ほんとうにひきがえるのようになって……。後悔して母親をさがし3年のあいださまよううちに、心がきれいになっていく。最後はお母さんに会えて、男の子が王子だったとわかるお話です。
「おまえがおかあさんだって? そんなきたならしいこじきなんか、いらないよ! ひきがえるのほうがまだましさ」
「このうつくしいぼくが、こじきのむすこだなんて、そんなことあるものか! ところが、すいめんにうつったかおは、まるでひきがえるのように、みにくかったのです」
じつは、わたしが小学校にあがる前くらいの頃、教師をしていた父が、「学習室文庫」という小さな子向けのおはなし集を、毎晩寝る前に読み聞かせしてくれていました。今でもその独特の抑揚をはっきり思い出せるほど、ドキドキしながら父が読んでくれるお話に聞き入った経験が、自分のなかに深く刻まれています。
大きくなってからは、菊池寛が編訳した文藝童話集の「小学生全集」を読みました。わたしは7人兄弟の下から2番目でしたが、「学習室文庫」と「小学生全集」この2つのシリーズはわたしたち兄弟の子ども時代の宝物です。
『ほしのこ』は、これらのシリーズで読んで、印象が強烈にのこっていましたので、ぜひ40巻の中に入れたいと思いました。
───子ども時代に童話をたくさん読んでもらった経験が、原点になっているのですね。
おかげで本が好きになり、大学卒業後は出版社に勤めました。ポケット版サイズの童話絵本シリーズを作りたいと思ったとき、高校時代の同級生だった秋晴二さんが、当時、放送劇やコピーライターの仕事で活躍していたことから、一緒にやろうよと声をかけて創刊に加わってもらいました。彼と年がら年中話し合って、最終的に40巻のラインナップを決めました。
1974年にポケット絵本(現在の「せかい童話図書館」)を創刊したときの心の原動力になったのは、この子どものときの体験だったと思います。創刊前年に長男が、翌年次男が生まれ、わたしも息子たちに読み聞かせをしました。
「せかい童話図書館」に入れた『みみなしほういち』や『ほしのこ』は、息子たちにとってもドキドキする話だったようで、いったい何回読んだか数えきれないほどです。今は息子たちも父親になり、自分の子どもたちと一緒に「せかい童話図書館」を楽しんでくれています。
●さまざまな種類の画法に挑戦
───40巻をならべてみると、絵のタッチが1冊1冊ちがいますね。
お話ごとにあえて絵の雰囲気を変えているのですか?
はい。子どもたちにさまざまな種類の絵を体験させてあげたいと、絵を描いた12人の方に相談しながら、画材や画法が多彩になるようにしました。小さな子どもたちには描き方も含めて、絵にはこんなに多様な世界があるのだということを知らせたかったんですね。
たとえば女の子に人気のおひめさまのお話でも『にんぎょひめ』は透明水彩、『しらゆきひめ』はアクリル絵の具、『かぐやひめ』はクレヨンに透明水彩を重ねて色をはじかせた独特の画法です。
「はやく、十五になりたいわ……。うみのおしろにすむ、ひめたちは、まちどおしそうにとしをかぞえるのでした」
───それぞれ印象がちがいますね。描いた方によって絵がちがうのはもちろんだと思うのですが、さきほど『ほしのこ』の絵と画家名を見たとき、えっ、『いっすんぼうし』と同じ方?と驚きました。同じ絵描きさんでも画法を変えているのですか。
『いっすんぼうし』と『ほしのこ』を描いた高山洋さんは、日本画家、高山無双さんの息子さんです。当時はまだ20代で若く、『ほしのこ』を油絵で、『いっすんぼうし』を版画で表現することに挑戦してくれました。
『いなばのしろうさぎ』も高山さんですが、これは貼り絵なんですよ。綿・糸など、多種の素材をくみあわせて表現しています。うさぎの白い毛に綿をつかってみようよ、というのはわたしから提案しましたが、高山さんもいろんな画法を試してくれました。
『いっすんぼうし』は版画
『いなばのしろうさぎ』の一場面
白いふわふわした繊維が見えます。毛並の感触が伝わってきそう。
───『かぐやひめ』を描いたのは梶秀康さんという方だそうですが、独特の色彩が美しく、目をひきますね。
『かぐやひめ』左が原画です。
侍たちが、月にむかって弓を引こうとする場面の原画。
色彩が美しい!

梶秀康さんは、クレヨンに透明水彩を重ねているのですが、聞いたところ、アイロンをかけてクレヨンをとかして、あの微妙な色彩効果をつくりだしているそうなんですね。梶さん独自の画法ではないかと思うのですが、くわしい方法は秘密だといって教えてくれませんでした(笑)。 梶さんもやはり当時20代後半の若者でしたが、セツ・モードセミナー創業者で水彩画の第一人者でもあった長沢節さんに師事したあと、フリーになったところでした。他に『マッチうりのしょうじょ』『ゆきおんな』『かちかちやま』『はなさかじじい』『あかいくつ』『したきりすずめ』『しあわせのおうじ』『あかずきん』を描いています。
───前見返しの裏に、使用画材が記載されているのも興味深いですね。 『三びきのこぶた』の画材は「石こう、透明水彩」ですが、石こうをどのように使ったのでしょうか?

『三びきのこぶた』より
石こうをひいた上に、絵の具で描くことで、凹凸感をだしているのです。立体感と透明感が出ていますね。
使用画材を掲載するようになったのは、途中からです。読者に、どんな画材で描かれているのか教えてほしいといわれ、当初はシールで対応していたのですが、問い合わせが増えて印刷表示するようになりました。カバーの折り返しにはタイトルとあわせて40冊の画材を一覧表示してありますよ。
───絵本を作る側も、読む側も、研究熱心だったのですね。
糸久昇さんは『ドナウ川のようせい』『エメリアンとたいこ』『こうのとりになったおうさま』を、当時まだ比較的新しい画材だったリキテックスというアクリル絵の具で描きました。
糸久さんはこの3冊を描いたあと、雑誌『詩とメルヘン』『いちごえほん』などを監修していたやなせたかしさんのところに絵をもっていき、その後、雑誌の挿絵の常連になりました。この3冊は、糸久昇さんのファンの方から問い合わせをいただくこともあるんですよ。