絵本ナビホーム  >  スペシャルコンテンツ  >  インタビュー  >  絵本ナビがおくる 夏の図鑑特集2015!第1弾「小学館の図鑑NEO」新刊「鳥」「魚」監修者インタビュー

───巻頭ページで紹介されている様に、魚は脊椎動物の中で最も多い3万2000種もいるそうですが、その中から、約1400種を選んで、約200ページの中にまとめるのは大変な作業だったのではないですか?



NEO「魚」監修者の北里大学名誉教授・井田 齊先生

掲載種のセレクトはぼくだけでなく、編集者も含めて、図鑑に関わった皆さんの総意で選んでいます。新しく発見された種はなるべく紹介したいし、進化の過程を考えると主要な種は押さえておきたい、マニアックなものばかりでなく、子どもたちが観察の対象としているような飼育できる魚も多く入れたい…と、いろんな人たちの意見が合わさって、約1400種にまとめました。

───すべての魚について伺いたいのですが、それは難しいので…。ページをめくりながら気になっていたのですが、特に面白い名前を持つ魚を紹介してください!

ぼくの専門はサケ科の魚なのですが、「ナガレモンイワナ」は面白い名前だと思います。

───ナガレモン? すごくアウトローな魚なんですか?

そう思いますよね、でも漢字で描くと「流紋」。暗色の流水形の文様が特徴で、滋賀県や中部地方の源流部にしか生息していない魚です。

───なるほど、面白いです! 他にはありますか?

暖かい地域の浅い岩礁やサンゴ礁に棲む「オヤビッチャ」という魚もユニークな名前だと思いますが、由来はなんだと思います?

───オヤビッチャ…?? 親? びっちゃん…??

これは沖縄の言葉で「綾(文様)が走る」という意味の「アヤビッチ」から来ていると言われているんです。何でそんな名前がついたのか、不思議に思った記憶があります。あと、未だに名前の由来が謎なのが、「アバチャン」。

───アバチャン??

クサウオの仲間ですね。こいつは成長がとても早い魚なんですが、体の90%以上が水分なんです。

───「オジサン」という魚もいるって聞きましたが、その仲間…ということはないのでしょうか?

オジサンはヒメジ科ですね。オジサンと同じグループにはヨメヒメジとオキナヒメジなどもいます。

───オジサンにヨメにおじいさん…。考えれば考えるほど名前をつけた人の気持ちが知りたくなりますね。図鑑に掲載されている魚の写真がとてもきれいで、見やすいことも『魚』の特徴だと思いました。


64ページのコラム「イワナ属とサケ属の違い」

写真のセレクトには、背びれや尾びれなどがきれいな状態のもの、生態がしっかりと分かるものを掲載しようと、とことんこだわりました。
個人的に気に入っているのは、イワナ属とサケ属の違い。研究者の分類で主流なのは、歯の並び方で見分ける方法なのですが、実は尻ビレの位置を見るだけで、簡単に分かるんです。
そういうあまり知られていない豆知識が説明されているのもこの図鑑の特長だと思います。

───色鮮やかな魚はやはり、健康的な証拠なのでしょうか?

鮮やかさと言うよりも、色がはっきりと分かる個体の方が健康であり、強いとされています。深海魚など海中深くに暮らす魚は、太陽の光が届きませんから、色のない灰色が特徴です。反対に水の透明度の高い南の海にすむ魚は、相手への信号になるカラフルな色をした魚が多いです。

ここでひとつ問題です。ケンカの強い魚は何色をしているでしょうか?

───え? ケンカの強い魚に共通の色があるんですか? …赤とか?

正解は、黄色です。「オレにケンカを売っても勝てないよ」とアピールしている色が黄色なんです。

ポスターカラー効果といって、存在をアピールすることで無益な戦いを避けています。


ケンカに強いチョウチョウウオのなかま

───そうなんですね! そういうことを知ると、ますます魚に興味が湧いてきますね。

NEOの「魚」を通して伝えたいと思うのは、特定の魚に興味を持ってもらうことではなく、種の多様性です。なぜ、魚は約6万種といわれる脊椎動物の中でも半数の約3万2000種もいるのか、水中で、その多様性がなぜ必要か…というところに疑問を持ってもらうためにこの本が役立ってもらえたら嬉しいです。

───井田先生は、北里大学の海洋生命科学部の名誉教授であり、サケ・マス研究の専門家としても有名ですが、魚に興味を持ったのは何才ぐらいのときでしたか?

ぼくは東京都練馬区で生まれ育ちました。当時、家の周りは自然ばかりで、田んぼでオタマジャクシを獲ったり、ザリガニを釣ったり、昆虫採集をしたりするのが遊びでした。戦前は食料がひっ迫した時代だったのでこれらの遊びは食料調達も兼ねていました。そのあたりが今に続く魚のことを知りたいと思った原点だと思います。

高校時代に生物部に入り、最初に興味を持った魚はネオンテトラとソラスズメダイでした。ネオンテトラは熱帯魚の研究をされていた牧野信司さんの『原色熱帯魚図鑑』を読んで興味を持ったのですが、当時、1匹3000円もしたんです。高校生にはとても手が出せない高級魚でした。
同じ時期、磯採集に行った逗子海岸で出会ったソラスズメダイは同じくらいきれいな魚でした。こちらは逗子海岸までの交通費(約200円)を出せばいくらでも見られるし、つかまえて飼育できる。あっという間にソラスズメダイに惹かれていきました。

───ソラスズメダイ、131ページに載っている青い色がとても鮮やかな魚ですね。

だけどソラスズメダイは環境が悪い場所では、黒く変色してしまうんです。実際に飼育してみて、人工的に自然を再現するのは楽じゃないと思い知らされた魚でもあります。

───大学ではどんな魚に出会ったのですか?

教授の本棚にあった『Coral Fishes(珊瑚礁魚類)』(青柳兵司・著)の中のカクレクマノミを見たとき、こんなに美しい魚がいるんだと心を奪われました。当時、沖縄はアメリカの統治下にあったので、パスポートを取って1959年、19歳のときに初めて沖縄を訪れました。

───カクレクマノミといえばディズニー映画『ファインディング・ニモ』のキャラクターにもなった、メジャーな魚?! 当時はまだ未知の魚だったんですね!

そうなんです。それから沖縄が返還されるまで何度も訪れ、カクレクマノミの研究を行いました。それがきっかけで後に、厚生省から八重山の個体調査の依頼が来ることになるのですが…。とにかく、高校時代はソラスズメダイに、大学時代はカクレクマノミに魅せられて研究者になったんです。

───どちらも熱帯地域に生息する魚ですよね。研究者になってからも熱帯魚の研究を続けられていったのですか?

魚の研究者になってからは、イワナやヤマメが好きになりました。彼らは環境が悪いときはじっと耐えていて、環境が改善されたら卵を産んで一生を終える。渇水時には成長を止めて、環境条件が好転した時にグッと成長して子どもを残す魚なんです。そういう生き方に惚れました(笑)。


海から渓流まで…さまざまな環境の魚を調べている井田先生


66ページ「サケのなかま」

───熱帯から、渓流へ…幅広いですね! 井田先生は、長年サケ科の研究もされていると伺いましたが、いつごろからスタートしたのですか?

ライフワークとなるサケ科の魚と出会ったのは1970年でした。ちょうど仕事で岩手に訪れていて、川に帰ってくるサケを見たとき、親の個体差に疑問を持ったんです。

一般的に魚は同じ年齢で成熟して、同じころに死んでいきます。でも、サケはその成長が一定ではありませんでした。
これが不思議でたまらなくて、研究することにしました。

───ということは、もうずいぶん長い時間、サケ科の研究をされているんですね。先生が夢中になるサケ科の魅力って、どんなところなんでしょう?

今も続いていますから30年以上になります。

若いころは種が多くてカラフルな南の海に目を向けていましたが、大人になってからは同じ種でありながら生活様式が多様である北の海の魚に魅力を感じました。
サケ科の魚は他の魚が持っている規則性を持っていない魚といえます。たとえば環境によって成長が悪ければ成熟を1年遅らせようというスイッチの切り替えができる。そういった面が面白い魚ですね。
日本人なんかはそういうフレキシビリティが失われているから、サケを見習えばいいと思うということを、ぼくは子どもたちに伝えているんですよ(笑)。

───たしかに、サケのような柔軟性を持ちたいものです…。こういう不思議な魚の生態の話は、なかなか知る機会がないですよね。


小学生に向けたワークショップを各地で開いています

ぼくは、魚の生態をなるべく子どもたちに伝えていきたいと思っているんです。
例えば今、日本の川は洪水が起こらないように蛇行や浅瀬を無くして、まっすぐなだらかにする工事が進んでいます。でもそれは魚にとって住みにくい環境を作っていることでもあるんです。
そういうことを大人に話しても、一過性で終わってしまいますが、子どものうちに理解してもらうことで、その子が大人になって河川の建築をする人になるかもしれない…。そのとき、魚のことを思い出して、魚も住みやすい河川の形を生み出してくれるかもしれない…。
そういう希望を託しているんだと思います。

───63ページのコラムにも、「イトウやタイメンは消える運命?」というショッキングな内容が紹介されていますね。

ぼく自身、サケ科の環境をタイメンから学んだことが多いので、未来を担う子どもたちの手でこれらの魚を守ってほしいと思います。

───今回の図鑑では井田先生が発見した、ムカシウナギが掲載されているとか! どういう経緯で発見につながったのですか?


「ムカシウナギ」はこの新版から「NEO」に登場!

ムカシウナギは体が平べったく短くて、尾ビレがほぼ独立しているなど、今のウナギ目、約820種と白亜紀の化石種が失った多くの特徴を残している非常に珍しい魚です。

ウナギ目の祖先といわれるカライワシ類との関係を知る上で、とても重要な種なのですが、発見したのは2010年のパラオ。後輩の研究者が、陸上では昼と夜で活動する生物が異なるのだから、海の中でも同じような入れ替わりが起こるはずだと仮説を立てて、日没から明け方にかけて何日も海中にある洞窟に潜っていたんです。
そこで見つけたのがこのムカシウナギでした。

───2億年以上前に分かれたウナギ類の新種を発見するなんて、すごい事ですよね! ムカシウナギと名前をつけたのは井田先生なのですか?

仲間内みんなで相談してつけました。この発見のすごいところは、全く新しいロケーションからカライワシ目とウナギ目の中間となる、新しい種を発見したことなんです。
普通の新種の発見は、今まで同じ種だと思われていた魚が、DNA解析をしたことで違う種だったと解明されたという発見が多いので。ぼくたちの仲間の研究者はアメリカで学会賞をもらいました。

───先生はNEO「魚」の監修を旧版以来、続けられているそうですね。先生の教え子の中には、前の「魚」の図鑑を読んで研究者を目指した子もいるのではないですか?


60年前に初めて小学館から出版された「魚貝の図鑑」

この図鑑を夢中で読んでいたそうです。

そうですね。そういう学生も少しずつ入ってきています。

ぼく自身、一番最初の小学館の『魚貝の図鑑』を読んで、当時監修をされていた末広恭雄先生に教えてもらった学生でした。そして、ぼくの教え子である朝日田卓君は今、研究者となって、今回この新版の図鑑の監修を引き継いでくれています。
そういった意味でも、「NEOの監修をされた方ですよね」と声をかけられるのは嬉しいですね。

───そうやって、図鑑の歴史が紡がれていると思うと、とても感慨深いですね…。絵本ナビでもさらに頑張って子どもたちに紹介していきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

実はぼくは、魚の図鑑を作りたくて、小学館に入社しました。旧版では、魚の担当になることができなかったのですが、新版NEOの「魚」を担当することができ、長年の夢がかないました。新版にあたり、魚の多様性をより強く印象づけたいと思い、旧版よりもおよそ300種多い約1400種を掲載することができました。

来年は小学館の図鑑60周年の記念の年でもあるので、「図鑑の小学館」という名に恥じないように、機能性もピカイチの図鑑作りを目指しました。



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インタビュー: 竹原雅子 (絵本ナビ編集部)
文・構成: 木村春子(絵本ナビライター)

撮影:所靖子

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上田 恵介(ウエダケイスケ)

  • 立教大学理学部生命理学科教授。主要研究テーマは鳥の行動生態学、進化生物学。
    著書に『花・鳥・虫のしがらみ進化論―「共進化」を考える』『擬態―だましあいの進化論1 昆虫の擬態』(築地書館)監修書に『鳥(小学館図鑑NEO)』(小学館)など多数。

井田 齊(イダヒトシ)

  • 北里大学海洋生命科学部名誉教授。主要研究テーマは魚類分類学、水産資源学。
    著書に『現代の魚類学』(朝倉書店) 『魚の事典』(東京堂出版) 『小学館の図鑑NEO魚』『小学館の図鑑NEO POCKET魚』(いずれも共著)など多数。

作品紹介

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