●はじめて見る、元素の美しい姿が一堂に!
───『世界で一番美しい元素図鑑』(以下『元素図鑑』)は「元素ってこんなきれいなんだ!」と目を見張るような、美しい写真がどのページにも登場します。若林先生は監修としてこの本に関わっていらっしゃいますが、最初に原書を見たとき、どう感じましたか?
我々化学者の仲間でも、元素の結晶写真は非常にきれいだと感じることが多いのですが、この本は元素の美しさをより明確に掲載していると思いました。ただ、それだけではなく元素の持つ特徴や、多彩な側面をビジュアルで見せている部分も面白いと感じました。

───「世界で一番美しい」というタイトルがピッタリですよね。
原書はとてもシンプルに「THE Elements」がタイトルですが、日本語訳の方がより本書のイメージに合うタイトルになったと思います。本書の出版後、元素の美しさをうたう本がたくさん出版されましたが、「美しい」という単語と「元素」を最初に組み合わせた図鑑はこの『元素図鑑』がはじめてだったのではないでしょうか。
───まず写真の美しさに目を奪われて、それから説明文もとても分かりやすい言葉で書いてあると感じました。この文章の監修を若林先生が担当されたんですか?
そうです。原書の内容や、表記の違いのチェックし、英語の表現を日本語にしたとき、科学的な意味合いでの差異がないか……などの確認を行いました。
───今日は、『元素図鑑』『分子図鑑』の出版に関わった、創元社編集者の橋本隆雄さん、フリー編集者の小野雅弘さんにも同席していただいていますが、この2冊を若林先生にお願いしようと思った経緯を教えてください。
創元社編集 橋本:『元素図鑑』は創元社の中で第一弾となる自然科学系の図鑑です。海外のブックフェアで弊社社長が発見して、日本の子どもをはじめ、多くの人たちに見てほしいと出版を決めました。そして、科学系の本の編集を長くされているフリー編集者の小野雅弘さんに、監修を誰にお願いするべきか伺ったんです。
───監修の中で、特に難しかった部分などはありますか?
そうですね、著者は化学の現役の専門家ではないので、ところどころ独自の解釈を加えている部分がありました。それを化学的な観点から監修をして、極端な表現をしている所などは、原書の出版社に連絡してもらい、変更するなどのやり取りが生じた部分が大変でしたね。

元素周期表。懐かしく感じる方もいるのではないでしょうか?
───私もそうですが、絵本ナビユーザーの方の中には、「化学」に苦手意識を持っている人もいると思います。化学の専門家である若林先生から、『元素図鑑』で紹介されている元素の面白さ、興味深い点を教えていただけますか?
基本となるのは、『元素図鑑』の最初に載っている「元素周期表」です。科学博物館では単体の実物を組み込んだ「元素周期表」を展示しています。この周期表から元素のさまざまな性質がわかります。現在知られている元素は118種類。その中の約90種類は自然界で安定に存在している元素、残りは放射性の原子しかない元素です。今も日本の理化学研究所を含む世界の3研究所で新たな元素の合成実験が行われています。
───この周期表、学生のときに覚えるように言われました! そのときはただ暗号のような言葉を覚えているような感じで、ひたすら苦痛だったのですが、『元素図鑑』に紹介されている元素はどれも美しい! 特に水素は神秘的な雰囲気がありますね。

我々の身近にある元素の中でも、最も知られているもののひとつですよね。水素は一番軽い気体です。そして、宇宙で最も大量に存在し、陽子1個と電子1個という量子力学の公式にピッタリと当てはまる、理想的な形の元素です。
───あと身近な物質といえば、酸素! 液体の酸素を写真で初めて見ました。

-183℃で液化した状態ですね。薄青色の美しい色をしています。液化した水素と組み合わせると、ロケットの強力な推進力を生み出す液体燃料になります。
───気体、液体、固体でさまざまな側面を見せるのも、元素の特徴のひとつなんですね。固体の状態で特に女子が好きなのは、やはり炭素でしょうか?
ダイヤモンドですね。同じ炭素でも真っ黒な炭もありますから(笑)。ダイヤモンドは炭素が正四面体型につながった形をしていますが、炭素原子はダイヤモンド以外にも見た目も強度も異なる、色んな形になります。例えば、六角形状につながった層になると「グラファイト」と呼ばれる非常に滑りやすい、鉛筆のしんのような物質に。炭素が60個集まってサッカーボール状になったものは「フラーレン」や「バッキーボール」と呼ばれます。「カーボンナノチューブ」は炭素原子が筒状につらなったものを言います。
───ダイヤモンドも鉛筆も、石炭も同じ元素からできているなんて、すごく不思議です。特に人気の高い元素はどんなものがありますか?
2012年夏に国立科学博物館で特別展「元素のふしぎ」を開催したときに、来場者にアンケートを取りました。その結果、ダントツで「金」が1位でした。

───なるほど! きれいで貴重という理由で、納得の結果ですね。若林先生はどの元素が好きですか?

地味ですが、「窒素」なんですよ。窒素は空気中の約8割を占める気体です。酸素を吸って生活している我々ですが、実は酸素だけが空気中に存在していると非常に危険なんです。窒素ガスはなかなか反応しない気体ですが、窒素があるから、たんぱく質の合成も可能になり、生活できるようになる。おとなしそうな顔をしているけどしっかり働いている。見かけは地味だけど、非常に重要な働きをする窒素という元素が好きですね。
───縁の下の力持ち的な元素ですね。先ほど、今も新たな元素の検証実験が行われていると仰いましたが、もしかして、元素の数は今も増えているんですか?
はい。元素周期表の114番「フレロビウム」と116番「リバモリウム」は2012年に元素記号と元素名が決まった最も新しい元素です。113番、115番、117番、118番元素は、合成されたという報告がありますが、まだ正式には認められてはいない元素で、暫定名が付けられています。

───新しい元素がどんどん合成されているなんて、ビックリしました! 報告されているけれど、認められていない元素の中で特に注目されているものはどれですか?
113番ですね。この元素は日本の理化学研究所が2004年秋に合成を報告しているんです。これが認められれば、欧米以外の国で初めて、日本が元素周期表に名前を残すことができるんです。
───今まで、元素周期表の名前に、欧米以外の国が名前をつけたことがなかったんですね。
実は、今から100年以上前、明治41年(1908年)に日本人の小川正孝という化学者が新しい元素を発見し、それを43番元素だとして「ニッポニウム」と名付けました。いったんはその発見が認められましたが、その後、誰も「ニッポニウム」の再現ができず、最終的に「ニッポニウム」という元素名はなくなってしまいました。それから約100年後の研究で、小川正孝が発見したのは、元素周期表で43番のすぐ下にある75番の「レニウム」だったということがわかったんです。しかも、小川が発見したときはレニウムは未発見。もし、小川正孝が自身の発見した元素を75番目に置いていたら、「ニッポニウム」という元素が現在に残っていたかもしれないのです。
───明治時代に科学史に名を残すような発見を日本人が行っていたと知るだけでも、すごく嬉しくなりますね。113番目の元素名を日本がつける歴史的瞬間が早く訪れると良いと思います。