●世界的ベストセラー作品、日本語版もたちまち大人気に!
───『翻訳できない世界のことば』は2016年4月に日本で出版され、たちまちベストセラーとなりました。前田まゆみさんは普段、イラストレーター、絵本作家として活躍されていますが、今回、どのような経緯でこの本の翻訳を担当することになったのですか?
私は以前『こいぬのミグルーだいかつやく』(創元社)という絵本の翻訳を担当したことがあるのですが、今回の本の編集者が同じ方で、そのご縁もあり、翻訳者として声をかけていただきました。
───『こいぬのミグルーだいかつやく』(※)は、絵本ナビでも紹介をさせていただいた絵本ですね。
※『こいぬのミグルーだいかつやく』前田まゆみさんインタビュー
そうなんです。『こいぬのミグルーだいかつやく』のとき、絵の中の看板の文字などを日本語訳して、文字を描き直し、新たにレイアウトをさせていただきました。それがとても好評だったそうで、今回の『翻訳できない世界のことば』でも、手書きの文字がデザインされていたので、その部分を日本語訳して、描き文字も描かせていただきました。
原書ページ
翻訳ページ。デザインがそっくりです。
───絵と日本語の文章が、元々そこに配置されていたかのようにピッタリと合っていると感じました。原書の雰囲気を変えないよう、文章を描くのは大変だったのではないですか?
文字の太さなどを変えた書体の候補を出させていただき、それをデザイナーさんにレイアウトしてもらいました。何度も描き直すことはなかったのですが、エラさんの描き文字に似せるよう、工夫して描きましたね。
───説明部分のアルファベットは、原作者であるエラさんの文字なんですよね。日本語もエラさんが描いたのではと思うほど、違和感なく作品に溶け込んでいると思いました。
ありがとうございます。翻訳した内容についてはエラさんにもご確認いただいていて、ご本人もとても満足されていると聞いています。普段、原作者の方から感想をいただくことが少ないので、喜んでいただけたと聞いたときは、とても安堵しました。
───翻訳する前からこの本が世界的に人気になっていることは、前田さんはご存知でしたか?
編集者さんから本のことを聞いて、はじめて知りました。
───はじめて原書を見たとき、どのように思いましたか?
今まで見たことのないアイディアから生まれた作品でしたので、とても面白いと思いました。私自身、今まで出会ったことのない言葉などがたくさん載っていて、ページをめくるたびにとても知的な満足感が得られました。ご本人がお若いこともあると思うのですが、言葉を絵にする感性など本当に素晴らしいと思いまいした。
───特にお気に入りの絵や言葉などはありますか?
珍しい言葉ばかりなので、どれかひとつを選ぶのは難しいです。でも、「ヘゼリヒ(GEZELLIG)」などのほっこりとあたたかい意味を持つ言葉は、特にいい言葉だと思いました。
「ヘゼリヒ」
絵は、平面的に描かれているデザインがとてもステキだと思いました。「ポーレッグ(PALEGG)」や「フィーカ(FIKA)」などの表現は、同じイラストレーターとして刺激を受けましたね。

「フィーカ」
───「ヘゼリヒ」や「ポーレッグ」のような、気持ちがほっこりとあたたかくなる言葉もあれば、悲哀を感じる「ラズリュビッチ(RAZLIUBIT)」や、皮肉めいた「グラスウェン(GLAS WEN)」など、取り上げられている言葉のバリエーションが豊富なのも魅力のひとつですよね。
そうですね。本に載っている言葉はすべて、作者のエラさんが出会って感銘を受けた言葉。それが彼女の表現と絵を介して紹介されています。なので、言葉を知るとともに、エラさんの感性に触れているのだと思います。
───日本語が4つ紹介されているのも、日本人として嬉しいですよね。「コモレビ(木漏れ日)」「ボケット(ボケっと)」「ワビサビ(詫び寂び)」「ツンドク(積ん読)」が、エラさんの感性を通ると、こんな表現になるんだ……ということがとても新鮮でした。
私も世界中のたくさんある言葉の中で、日本語が紹介されていると知ったときはとても嬉しかったです。「詫び寂び」という言葉は、禅の思想が海外でも人気になったことで、すでにご存知の方もいらっしゃったかもしれません。でも、「木漏れ日」や「ボケッと」というような言葉は、今まであまり海外に伝わることのなかったのではないかと思います。この本を読んだ海外の方が、新しい日本語と日本人の感覚を知っていただけるというのはとても嬉しいです。
───ほかの国の「翻訳できない言葉」を翻訳する作業は、基本的にエラさんの言葉を訳すことだと思います。でも、すでに知っている日本語を翻訳するのは、知らない言葉の意味を訳すより、難しかったのではないでしょうか?
日本語でもそのほかの国の言葉でも、基本はエラさんが書いたことを翻訳しているので、難しさはあまり変わりません。ただ、日本語の場合、すでに知っている言葉なので、エラさんの中を通ることで、改めてその言葉の良さというか、ステキさに気づくことができました。
───たしかに、「ボケっと」という言葉を、普段、私たちはあまりポジティブな言葉と感じていないように思います。でも、「日本人が、何も考えないでいることに名前を付けるほど、それを大切にしているのはすてきだと思います。」と書いてあると、「ボケっと」することが、とても良いことのように思いますね。
「ボケっと」
「ボケっと」のエラさんの絵もとてもステキなんです。絵と文章を見ると、普段、私たちが「ボケっと」している動作がとても意味のある、崇高な行動のように感じてしまいます(笑)。
───日本で出版するにあたり、原書と変えたところなどはあるのでしょうか?
大きく変えたのは3つ。ひとつは目次をつけたこと。もうひとつは、各ページの脚注部分にカタカナ表記をつけたこと。そして、表紙のデザインを変えたことです。
───え? 表紙のデザインを変えたんですか?
はい。原書の表紙は日本語版と全然雰囲気が違うんですよ。

原書の表紙。
───本当だ。雰囲気が全然変わりますね。どうしてデザインを大きく変えようと思ったのですか?
これは出版社の判断だったのですが、日本人が手に取りやすいデザインにしたいと思ったこと、そして大事な人へのプレゼントに選んでほしいとの思いがあり、このデザインになったと聞いています。
───本屋さんに並んでいるととても目を引きますし、リボンがかかっているようなデザインが、ギフトとしても、部屋のオブジェにもピッタリだと思いました。
エラさんも日本語版のデザインをとても気に入ってくださって、2冊目の『誰も知らない世界のことわざ』が出版されるときは、日本語版ようにリボンの部分のデザインを新たに描き起こしてくださったんですよ。
───それはとても嬉しいですね。目次を入れて、脚注にカタカナ表記をつけたことで、読みたいページがすぐに開けて、載っている言葉もより分かりやすくなったと思いました。
原書を読んだとき、英語圏の読み方は分かるのですが、そのほかの言語がなんと読めばいいのか分からなくて、とてももどかしい思いをしたんです。読者の方も、きっとなんて発音するのか知りたいと思い、各国の正確なつづりを乗せて、カタカナ表記も調べました。
───外国の言葉にちょっと詳しくなった気分になれるのも、良いですよね。