●『ペンギンクルーズ』ができるまで【4】原画。
───船のデザインがとにかくかわいい! しかもこの細かさ…!!びっくりしすぎて言葉が出ません(笑)。
ここまで細かく決定して、いよいよ、ようやく!原画に入ることができるんです(笑)。まず断面図の枠を描いて、ペンギンを描きます。そのあとペンギンがいない部分の船内をトレースし、なぞっていって部屋を描きます。
───なるほど! ペンギンを先に描いて、後から内装やインテリアを描いていくんですね。
(原画制作過程1)
0.5ミリの青色のシャープペンシルの芯を、カッターで少しだけ削って細くして、原画の下絵を描いていきます。下絵ができたらコピーして、キャラクターがそろっているか、ラフと同じになっているかを確認します。
原画の下絵には0.5ミリの青色のシャープペンシルを削って使用。
(原画制作過程2)
コピックを使ってもにじまないミリペンで、ペン入れをします。針のように細い0.03ミリを使用。ペン入れは下絵をなぞるだけ、と言えばそれまでなのですが細かいので1日でも休むと狙ったところにペン先が降りなくなります。そのため、ペン入れは休みなしで毎日描きます。今回の絵本では地図ページがいちばん細かいかも。
針のように細い、0.03ミリのペン。細いためすぐにペン先が削れてしまい、1つの画面を描くのに何本も消費します。
───細密な絵をすべて手描きで描かれているんですね……。下絵からペン先に集中する作業が続くと思いますが、このときに心がけていることはありますか?
できるだけ生き生きとしている線を引けるよう心がけています。ペンギンたち1羽ずつにセリフはないけれど、おしゃべりしているように見えたらいいなと思っています。
(原画制作過程3)
着彩は同時進行。断面図のページは色を間違えないよう、1枚ずつ終わらせるのでなく同時に塗っていきます。途中、島の草を色鉛筆で描いたり、鉱石のところはホワイトを入れたりと、コピックにいろいろな画材を混ぜたりもします。
断面図ページの着彩は同時進行。
島の草は色鉛筆で。コピック以外の画材も使って描いています。
「映画のスクリーンを描くのは細かくて大変でしたが、楽しかったです」とのはなさん。こんなところもデータ合成ではなく完全に手描き!
「アラペンと魔法のランプ」(アラジンと魔法のランプ)、「ペンデレラ」(シンデレラ)など、時間によって上映されるものが変わるのもお楽しみ。
●「そうだ、絵本作家になりたかったんだ!」
───もともと絵本を作るきっかけは何だったのですか?
東京藝術大学の先端芸術表現科の院に在籍していたとき、個展を開きました。
たまたまその会場に来て下さった編集者さんから、絵本を描いてみませんかと声をかけていただいたのがきっかけです。大学では、主に自分の身体をつかって作品を作っていて、身体の一部に描いた絵を撮影して映像作品にしたり、写真に撮ってテキストを加え、本にしたりしていました。身体に描いた絵はいつか消えるので、残る“物”でなく、“感覚として残るようなもの”をテーマに作品作りをしていました。
一方で、手のひらより一回り大きいくらいのサイズ円形の中に、びっしりクラゲやクリオネを描いた細密画も制作していて、個展ではその両方を展示していました。
───物語性のある企画と、細密画と、その両方が絵本につながっていったのですね。
美術作家としてどうやって生きていくか、心の中で模索していたときに声をかけていただいて、「そうだ、私は子どもの頃、絵本作家になりたいという夢をもっていたんだ」と思い出しました。
それまでは、実際に絵本を作るということは考えていなかったので「とにかく、やってみよう」という感じでした。大学院を休学し、一年間かけて、絵本とは何か、どんなふうに作っていくものなのかを学びながら作ったのが『たくさんの たくさんの たくさんの ひつじ』です。最終的にそれが大学院の卒業制作となりました。
───作品作りのテーマは変わりましたか?
美術作家としての活動も続けていますが、絵本制作とは活動をわけています。今は絵本に専念していて、絵本では主に“多様性”をテーマにしています。
たとえば私の絵本にはよくオバケが出てくるのですが『ペンギンクルーズ』では、いつも寝ている、紫のネクタイをつけているペンギンだけが、オバケが見えたりします。
もうひとり、マントみたいな衣装を着た小柄なペンギンがいるのですが、閉じこもりがちで、成長が遅めなのか小柄だけれど、本が好きで図書室にいたり、ネズミと友だちだったりします。この子も、島におりて、「星空みたいに輝く海」をみんなと一緒に見ます。ひとつの船の中に、いろんな子がいるんですね。
誰かと仲良くなるわけではないし、それぞれ適度な距離があるけれど、みんな一緒の船に乗っている。そして、一緒の場所で時間をすごして、「楽しかったね」と帰ることが大切なんじゃないかなと。絵本を読んだ子どもたちが、どのペンギンに感情移入しても、悲しい気持ちにならないよう、気をつけながら描いています。
───子どもの頃、好きな絵本はどんな絵本でしたか?
島田ゆかさんの「バムとケロ」シリーズや、どいかやさんの絵本が好きでした。特に「バムとケロ」は、小学生の頃、大好きで、自分の絵本作りにも影響を受けていると思います。小さい生き物がいっぱい、本編とは別にあちこちに出てきてサイドストーリーが進んでいくところが楽しくて何度も読みました。自分が作る絵本でもそういうことができたらなと思って……それが過剰になった感じです(笑)。シリーズの中では『バムとケロのおかいもの』がいちばん好きです。
───『ペンギンクルーズ』の中で、思い入れのあるページはありますか。
どれもそれぞれに思い入れがありますが、子どもの頃『ねずみのおいしゃさま』(福音館書店)を読んで、夜、みんなが寝ている間もお医者さんは働いているんだ、すごいなあ、と強い印象を受けたので、夜の場面には思い入れがあります。みんな眠っている間も船は航海を続けていて、船室のあちこちで誰かが働いているんだというのを描けたらなと思いながら描きました。
「グアナじま」の全島を描いた絵は、どうしても描きたかったページです。これまで描いてきた絵本では、描いたことのなかった場面だったので力が入りました。エメラルドグリーンの海を印刷で再現するのが難しかったです。
「みなみの しまで それぞれ どんなことを するのかな?」(『ペンギンクルーズ』より) ☆見つけてみよう!ネックレスをイグアナの友達にプレゼントしたオシャレなペンギンが泊まったのはどこ? ダンサーの女の子はどこで踊ってる?
ハイライトの「星空みたいに輝く海」の場面は、ペンギンたちや他の生き物がいっせいに集まれる広い場所であること、船が必ず見えること、キラキラ光るもの……。と合理的に考えて決めました(笑)。
船に乗り合わせた55羽が、ただひととき旅の時間を共有し、最後に別れがやってきます。旅の思い出は、物を持ってかえることではありません。この絵本の中では、海が星空のように輝くという、その美しい思い出をみんなが共有して、それぞれが持ち帰ります。この場面も思い入れがあるページです。
「うみが まるで ほしぞら みたいに かがやいた」(『ペンギンクルーズ』より)
───作家になる以前ののはなさんが気になるのですが、どんな学生生活だったのでしょうか。
昔からわりといろんなものを掛け持ちするタイプでした(笑)。高校のときは、生徒会の副委員長で、弓道部でした。芸大では、授業に出て制作を続けながら、制作費を稼ぐために派遣社員のようなこともして働いていました。
中高生のとき、何か作ることをやりたいなとは思っていました。当時『ハチミツとクローバー』という漫画が流行っていて、芸大いいなあと思って(笑)。でも私は絵がすごく上手な訳じゃないから、芸大に入るのは難しいかもしれない。まだ自分の強みも才能も分からない。でも何か作ることをしたいと思って、論文と、一年間いろんな作品を作ってファイルにまとめてポートフォリオを提出することで受験ができる学科を受けました。
大学で教授たちに言われたのは、ここからが勝負だよと。ようやく芸大に入ったところで、君たちはただの石ころかもしれない。石ころのまま終わるかもしれないんだから、ここでやるだけやってみなさい。石ころ同士がぶつかって、本当の原石が見つかるんだということでした。芸大生は、制作にお金がかかりますが、授業に出て、制作をして、さらにその制作費を捻出しなければならない。基本的に貧乏なので、芸大生の食べる物がないとか、電気が止まっちゃったとかいうエピソードは割とふつうです。私も電気やガスが止まったことも、携帯が止まったこともあります(笑)。自分の生活費やプライベートな時間を削ってでも作りたいという気持ちがないと、作り続けられないんです。
どうやって美術で生きていこうか、自分に何ができるだろうかと考えたとき、「こまかいものを描くこと」「根気があること」が強みだと思ったので、今の絵本作りは自分の強みが生かされていると思います。
───膨大な作業量に支えられたかわいい絵本は、のはなさんの強い信念があってこそだったのですね。作品作りのために心がけていることはありますか。
考えることをストップさせないようにしています。常に制作のために本を読むし、絵や映画も見るし、ぜんぶ食べ物だと思って、冷蔵庫に材料を入れていくようなイメージです。「そうだ、オムライス作ろう!」みたいに具体的なものが思い描ければ、頭の中から外に出してくる。それまでは頭の中に材料のまま転がしておく感じです。すべての意識や体が、常に、どこか制作のために準備しています。
───まるで美術系のアスリートみたいですね……。
もうアスリートだと思っています(笑)。『109ひきの どうぶつマラソン』のときは、寝る時間を削りつつ、それぞれのページの密度や質を落とさずに一定のペースで描かないと、締切に間に合うように仕上げることが困難でした。本当にアスリートみたいな生活で、描いている間の精神状態が大きく振れないよう、同じようなテンションでいないといけないし、食べるものにも気を使います。ひとつの作品の制作スパンが長いので、間違ったところで悪いピークが来てしまうと大変なんです。ストイックに身体を維持しているアスリートの人たちが言っていることがよくわかります。
もしかしたらアスリートの方は同じアスリートとしか、一人孤独に苦労する気持ちを共有できないのかもと思って(笑)。だからダンベルを持っているアスリートペンギンは、島のダンス大会に出場する女の子のダンサーと仲良くなっているんですよ(笑)。
途中で作ることをやめようと思ったこともあります。絵本に時間がかかって大変すぎて、この制作を続けるのは厳しいかな、就職したほうがいいのかなと考えたこともあります。描いているときは追い込まれるので(笑)。
みんなが船のナイトライフを楽しんでいるときも…アスリートペンギンはデッキでダンベル中!
───本当にたくさんの工夫と楽しみが詰まった、のはなさんの絵本の魅力をあらためて感じます。
「絵本を作ってみませんか」と声をかけていただいたとき、高校生でちょっとした病気で入院していたときのことを思い出しました。本って、一度読んでしまうと、短い期間に同じ本を何回も楽しむことが難しいんですよね。「この世に何回も読める本があったらいいのに!」と切実に思いました。だからこそ1人で読んでも楽しい本、何回も読める本を作ろうと、絵本作りをはじめました。
実際には絵本を読んだ方から「こっちに○○がいるよ!と会話が親子でたくさんできました」「いっぱいおしゃべりができました」という感想をいただいて、嬉しく思いました。
私の絵本は、読む子によって、目に入るものが全然違うと思うので、みんなちょっとずつ違うんだと気づくきっかけにしてもらえたらなと思います。そして1人で楽しむと同時に、誰かとお話をするための絵本としても使ってもらえたら嬉しいなと思います。
───ありがとうございました!
おまけ。『うさぎマンション』ファンはご注目!
うさぎの一家がクルーズに出かける初期ラフを、こっそり公開。ペンギンのクルーズ船とはまた中身が違って楽しそう♪
RABBIT CRUISE
まぼろしの「うさぎクルーズ」! テニス・フェンシングなどができるスポーツルーム、医療室、キッズルームなども。
実は、東京藝術大学受験時のポートフォリオに、マンション断面図作品を入れていたというのはなさん。紙でテーブルやイスも制作し、マンション内のいろいろな部屋が見られるような立体作品を作っていたそうです。
「マンションって面白いなと思うんです。「自分の家」だと思う建物に、住人がたくさん住んでいて、それぞれ別々の暮らしをしていて。本当は「ちょっとお家を見せてください」と一部屋、一部屋のぞいてみたいけど、現実にそれはできないので自分で作ってみました。」
断面図絵本『うさぎマンション』『ペンギンクルーズ』はここから生まれたのかもしれませんね。

●イベント情報
のはなはるか『ペンギンクルーズ』原画展
@ブックハウスカフェギ ャラリー(右奥)
営業時間 平日11:00〜23:00/土日祝11:00〜19:00(会期中無休)
※貸切などで一時的にご覧いただけない時間帯がある場合があります。予めご了承ください。
★期間中イベント★
のはなはるかさんワークショップ&サイン会【ペンギンクルーズのガーランドをつくろう!】
9月2日(日)14:00〜(13:45開場) 参加無料(大人の方は¥500のドリンクチケットをご購入ください)・要予約
★ペンギンクルーズカフェオープン!★
原画展期間中、店内にて『ペンギンクルーズ』のコラボメニューをお召し上がりいただけます!
お問い合わせ・ご予約:ブックハウスカフェ www.bookhousecafe.jp

文・構成: 大和田佳世(絵本ナビ ライター)
撮影: 所 靖子