絵本ナビホーム  >  スペシャルコンテンツ  >  インタビュー  >  ミキハウスの「宮沢賢治の絵本」シリーズ最新刊『鹿踊りのはじまり』ミロコマチコさんインタビュー

幻想性を支える場面の存在感

───今まで触れてこられた場面以外で、物語の流れの中でポイントとなるような、印象的な場面はありますか。

松田:うめばち草の下にとち団子が置かれ、手ぬぐいが落ちている、この場面はポイントとなる場面です。幻想世界に入り込む前の、こういったリアリティのある場面は実はとても大切で、ここをどれだけ存在感がある場面として描けるかどうかが、絵本の幻想性を支えるし、絵本全体の底力として生きてくるんだと思います。

───手ぬぐいと団子が落ちていて……。まだ何も起こっていない場面ですよね。たしかに秋の地面を感じさせる何気ない絵ですが、存在感がありますね。

松田:ええ。このシリーズで『黄いろのトマト』を描いてくださっている降矢ななさんからも感想をいただいたのですが、降矢さんもこの場面を評価しておられました。

───手ぬぐいがもしかしたら生き物で、噛じろうとするんじゃないかと、鹿がびくびくする場面、手ぬぐいに生えた牙の表現も、なんだかリアルでおもしろかったです!

ミロコさんにとって絵本とは?――ものすごく可能性のあるもの

───今年、2018年には第41回巌谷小波文芸賞も受賞されたミロコマチコさん。同賞では「これまでにない地球的スケールの野生を見事に現出し、絵本の枠を超えた演劇性や文学性を感じさせる表現のダイナミズムを高く評価」されました。
ミロコさんにとって、絵本とはどんなものですか?

私は、絵の展覧会も定期的にしているのですが、1枚の「絵」の前後には、私の思いやストーリーがあるんです。その1枚の絵のまわりの世界も含めて、言葉もつけて、世界全体を形にすることができるのが「絵本」です。

だけどその「絵本」という表現方法はめちゃくちゃ難しいと思っています。絵本は、自分にとっては「挑戦するもの」です。
自分の心にあるものをどう表現するのか……。ただ忠実に表現しようと思っているわけじゃなく、おもしろくできればいいなと思っているんです。試行錯誤しているうちに納得できるものになって「こんな表現方法で、絵本ができたんだ!」と自分で驚くときもあります。

私には、「絵本」がなんだかものすごく可能性があるもののように見えているんです。「絵本」という表現で、私には何ができるだろう?というのをずっと探しています。どの絵本もひとつずつがチャレンジで、ひとつずつできるたびに嬉しいです。

───1冊1冊、絵本ごとにいろんな挑戦があるのですか?

そうですね。私が漠然と考えているものをどうやって形にしよう、と思ったときに、どういう方法がいいだろうとか、どんな絵がいいだろう、どんな言葉がいいだろうとか……考えるのがおもしろい。だけど、むずかしい。むずかしいからおもしろいのかもしれないですけど(笑)。

そのために、今回はどの絵の具にしようかと考えます。画材も絵の大きさも毎回変わります。もっと言葉の説明を省いて音だけにしようとか、様々な試行錯誤を、ラフを作るときにしています。

だから絵本のストックは常にないんですよ。もしあったとしても、それはそのときやりたかったことであって、今やりたいことじゃない。今つくる絵本は、いつも「今考えていること」です。

───不思議ですね。「紙をめくる」という意味では変わらないのに、1冊1冊、そんなに可能性に挑む心がかきたてられるなんて。

そうなんですよね……。絵本って、それぞれ全然世界がちがうでしょう。本当にたくさんの世界があるんだなと思って「なんて懐が広いんだ、絵本は」と。そして「まだまだ、他にも世界があるんじゃない?」と思います。

───以前絵本ナビのインタビューで、「今、描きたいものは何ですか?」とたずねたとき、「風景」とおっしゃっていたんです。「風景を描くのが苦手だから」と(笑)。

うん。今も苦手です。

───えっ、そうなんですか?(笑)

だから『鹿踊りのはじまり』を描くことはすごいチャレンジでした。でもそれも、「(自分は)こういう形で風景を描くことになったんだな……」という思いもありました。もしかしてこの本との出会いがなければ、風景を描いてみたいという思いはあっても、こわくてずっとこんなふうには描けなかったかもしれません。
『鹿踊りのはじまり』を描くことになって、「この美しさを描かなくちゃいけない」と強く思いましたし、「この風景を描きたい。表現してみたい」と思えました。

───先ほども「美しさ」について伺いましたが、たとえばどんなところから触発されたのですか?

やはり賢治の言葉だと思います。「はんの木のみどりみじんの葉の向さ じゃらんじゃららんのお日さん懸がる」「お日さんをせながさしょえば、はんの木もくだげで光る鉄のかんがみ」とか……。この神々しさをどう描けばいいんだろうと。「まだこんなもんじゃないだろう」「もっと美しくできるだろう」と思いながら描きました。

実際に描いてみると、絵に描けた部分は言葉のほんの一部なんです。「鹿はそれからみんな、みじかく笛のように鳴いてはねあがり、はげしくはげしくまわりました」「はんの木はほんとうに砕けた鉄の鏡のようにかがやき、かちんかちんと葉と葉がすれあって音をたてたようにさえおもわれ、すすきの穂までが鹿にまじって一しょにぐるぐるめぐっているように見えました」とか……こんなふうに音が響いてくるような箇所は、とても絵に描ききれない。
「本当はもっとすごいのに!」「みんなー! 賢治さんの言葉はもっとすごいんだよ!」と声を大にしてみなさんに呼びかけたいくらいです(笑)。

絵のそばに、音と言葉がある

───ミロコさんご自身は、絵本を描かれるとき、何か音楽を聞いたりしますか?

絵本の言葉を考えるときは何も聞かないことが多いです。絵を描くときはよく音楽をかけますが、雨が降っていたりすると、音楽をかけずに雨の音を聞いています。

───『鹿踊りのはじまり』を描きながら聴いていた音楽はありますか?

日本人の“CANTUS”(カントゥス)という聖歌隊のアルバムをよく聴いていました。音楽イベントにライブペインティングで参加したときにたまたま聴く機会があって……この音楽、気持ちいいなあと思いました。神々しい場面を描くときは、このCDをかけていました。

松田:ここで白状してしまいますが……ミロコさんに描いてもらわなかったら、このおはなしの本当のすごさや奥深さに、私は気づかなかったかもしれないと思うんです。いい作品だと思っていましたけど、『鹿踊りのはじまり』がここまで心をかきたてられるような、美しい名作だったとは!

「宮澤賢治の絵本」シリーズは、幸運なことにたくさんの絵描きの方との出会いがあって、絵ができてはじめて「そうか、こういう話だったんだ……!」と思うことがすごく多いんです。でもその中でもあらためて今、ミロコさんが絵にした『鹿踊りのはじまり』を目の前にして、すごい作品だったんだな……と思う。ミロコさんにそれを気づかせてもらうことができて、本当によかったと心から思っています。読者の方々にとってもきっとそうなると信じています。

───最後に、ミロコマチコさんから読者のみなさんへメッセージをいただけますか?

宮沢賢治が言葉で書いた美しい情景が、『鹿踊りのはじまり』を見ることによって、みんなの頭の中でもっともっと広がってくれたら嬉しいなと思います。
絵は言葉の一部分を表現しているだけなんです。賢治の美しい言葉が飛び立つように、私が描いた絵がその助けになるように……。絵本を開いて、最終的にはこの絵本の中から飛び出して、賢治が描いた世界に包まれるような気持ちになってくれたら嬉しいなと思います。

───ありがとうございました!


記念にお二人で、ぱちり。


絵本ナビにも、サインを描いていただきました! ありがとうございました。

文・構成: 大和田佳世(絵本ナビ ライター)
撮影: 所 靖子



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ミロコマチコ(みろこまちこ)

  • 1981年、大阪府生まれ。画家・絵本作家。2004年から画家として活動を開始。個展やグループ展など、作品展示を全国各地で精力的に行い、伸びやかな作風で、動物や植物を生き生きと描き、注目を集める。おもに子どもを対象としたワークショップにも力を注いでいる。
    2012年、『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で、絵本デビュー。同作で2013年、第18回日本絵本賞大賞を受賞、『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞受賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞受賞。2018年に第41回巌谷小波文芸賞受賞。
    画文集に『ホロホロチョウのよる』(港の人)、装画と挿絵の仕事に『サバンナの動物親子に学ぶ』(羽仁進 著/講談社)、『きみの町で』(重松清 著/朝日出版社)などがある。美術同人誌『四月と十月』の同人。

作品紹介

宮沢賢治の絵本 鹿踊りのはじまり
作:宮沢 賢治
絵:ミロコマチコ
出版社:三起商行(ミキハウス)
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