●「子どもの目線」と「日常」を絵本にとじこめました。
───段々お椀が近づいてきて、のぞき込む感じがまさに「で で で で」という写真ですよね。ほかに好きなページはありますか?
寄藤:ぼくは、鍋を火にかけたときの写真ですね。このカットは、とても印象的で気に入っています。
───真っ暗な中に青い炎が浮かび上がっていて、とても目を引きますね。この場面、他の写真と雰囲気がずいぶん違って見えますが、これも高山さんのお家で撮っているんですか?
長野:そうです。高山さんのお家はマンションなんですが、部屋の中に階段があって、そこに中二階というか、踊り場のようになっている場所があるんです。そこにちょうどいい台が置かれていたので、台の上にガスコンロを設置して、撮影しました。
寄藤:下の写真がそのときの撮影風景です。でも、あの神秘的な写真が撮られているなんて分からないですよね(笑)。
───たしかに、普通のお家の一部分に見えます。写真と明るさが全然違いますね。
寄藤:この横からのカットは、出汁を取るときの火の大きさを伝えるための構図なのですが、同時に子どもの目線だなって、ぼくは思っているんです。ぼく自身も子どもの頃、経験があるのですが、台所で見る鍋の姿って、ほぼこの姿なんですよ。鍋の中身は見えなくて、コンロの火を見ているって感じですよね。
高山:寄藤さん、この場面の撮影のとき、ずっと「火って、子どもは好きじゃないですか」っておっしゃっていましたよね。「きれいじゃないですか」って。それと、この昆布と煮干しを鍋に入れて30分待っている場面も、子どもの見方だなって、私は思いました。
寄藤:当初、このいろいろな角度から見せる構図は完成したみそ汁でやろうと思っていたんです。でも、実際にやろうとすると、画が細かくなってしまって、みそ汁のインパクトが薄まってしまう。だから、この「30ぷん まちましょう」の場面に使うことにしました。
長野:定点観測で状況が変わっていくという見せ方はあると思うんですが、このとき、なぜか鍋の柄を45度ずつ傾けて撮っているんですよ。こういう、一見意味がないようなことをするのも子どもの視点だなって撮っているときに思っていました。
寄藤:そうそう、柄を動かす必要はどこにもないんです(笑)。しかも、最初の3カットは鍋の中が見えていない……。でも、30分待っているときの子どもの心情ってこういう感じだと思うんですよね。子どもは、「鍋の柄が、なんか象に似ているな……」とか、いろんなことを考えながら30分待っているはずなので。
───よーく見ると、煮干しと昆布が水を吸って膨らんでいる様子が見てとれます。撮影は、高山さんのお家の色々な場所を使われているんですね。
寄藤:基本はリビングの中央で撮影したのですが、窓際の光が良いところで撮ったり、階段の踊り場の所で撮ったり……。
高山:とても嬉しかったのが、キッチンの入り口のところに、必要な時だけパタンと出てくる細長い板があるんです。上から撮ると、ちょうど床も一緒に写るくらいの幅で。この上で最初のお椀の場面を撮ったとき、寄藤さんに「魔法の突き出し」って言ってもらったんです。
寄藤:これがあるだけで、撮影の幅がぐんと広がるんですよ。本当にこの突き出しには助けられました。あと、お椀やお鍋は高山さんが長年使っている愛用品を撮影しています。
高山:お椀は大きいのが私、小さい方は子ども役をしてくれた、ふたば子ちゃんがいつも使っているのを持ってきてもらいました。このお鍋なんて、日常でも料理の撮影でも何十年と使っているものだから、ちょっと歪んでいるんですよ。お鍋を置いているシンクも我が家の普通のシンクだから、傷がたくさんついているし、よく見ると排水溝も写っている(笑)。
長野:でも、この高山さんのお家で撮影しているというのが、大切なんですよ。整えられた、きれいなキッチンスタジオじゃない。ここで人が生活していて、日常の一部を切り取って絵本ができたということを感じてもらうことが大事なんです。
高山:そうですね。だって、この絵本を読んでみそ汁を作る人たちは、みんな自分のお家でするんですもの。人工的に整えたものだけで作ると、やはりどこか作りものというか、よそよそしさが出てしまいますよね。
それよりも、身近にあるものの中で作っていく。それに、生活の場だと、みんなリラックスしているから、風が吹くみたいに面白い発見がすーっと入ってくる。それを楽しめたのも、この絵本を作る上での醍醐味だったと感じています