●『みそしるをつくる』ができるとは思っていませんでした。
───『みそしるをつくる』は『おにぎりをつくる』の姉妹編ですが、最初から2冊作る予定だったのですか?
高山:編集者さんにはその構想はあったようなのですが、私は『おにぎりをつくる』を作り終えた後、「十分出し切ったから、もう良いのではないでしょうか」とお伝えしていました。実は、『おにぎりをつくる』のときも、最初はお断りするつもりだったんです。だって、子どもの方が味覚は敏感ですから、大人の私が何か教えることはおこがましいというか、伝えることはないと思っていました。
でも、おにぎりの作り方を教えるのではなく、おにぎりの歌を作るように、楽しい感じが伝わるように考えていったら、ふいに「ピーピーピー ご飯が炊けました。手を濡らす。大人は3本 子どもも3本 お塩をのばす。おとこの子 おんなの子 お母さん お父さん お塩 お米 おにぎり おむすび みんな 『お』がつく 一粒残らず」という言葉が浮かんできたんです。このフレーズは、絵本には使われませんでしたが、この瞬間に『おにぎりをつくる』の背骨ができたんだと思います。
あと、やはり長野さん、寄藤さんがこの絵本作りに参加してくださったことが大きいですね。
───長野陽一さんは『暮らしの手帖』や『ku:nel』などで高山さんの料理の写真を多く撮られていますよね。『たべる しゃべる』(文春文庫)という高山さんの本でも、写真を担当されています。寄藤さんとはこの絵本がはじめてのお仕事だったのですか?
高山:はい。ただ、一度『ココアどこ わたしはゴマだれ』(河出書房新社)という本のデザインをしていただいたことがあります。私にとって寄藤さんは、作り出されたものも可笑しいし、ご著書を読むと分かるんですが、考えていることがとにかく面白い。憧れの人です。
長野さんはもう20年以上一緒にお仕事をしていて、私が神戸に移住したばかりのころにも、ある雑誌で何度も撮影していただきました。ただ、絵本をご一緒するのは『おにぎりをつくる』がはじめてでした。
今思うと、長野さんが写真を撮ると決まってから、ようやく『おにぎりをつくる』が写真絵本である意味が理解できたように思います。言葉にするのは難しいけれど、長野さんの写真って、そのものを、そのままちゃんと写してくれるんです。そして優しいの。厳しくないんです。美味しいものはちゃんと美味しく。それって簡単なようでいて、すごく難しいことだと思うんです。で、デザインはやっぱり寄藤さん。
この2人がいなかったら、『おにぎりをつくる』も『みそしるをつくる』もこういう絵本にはならなかったと思います。
寄藤:ぼくは絵本であるかどうかということよりも、高山なおみさんと本を作るっていう印象の方が強かったんですよね。高山さんが今、なぜおにぎりを作るのか、しかも、子どもたちに向けて作りたいのかということが、一番関心が高かったですね。
───高山さんのおにぎりに対する思いは『おにぎりをつくる』の最後のページにも書かれていますね。「おにぎりは「いのち玉」です。」という一文に、この絵本に対する高山さんの思いがぎゅっと詰まっているように思いました。
高山:「いのち玉」は、『おにぎりをつくる』の撮影の日に、寄藤さんが言った言葉なんです。撮影がすべて終わって、みんなでお茶を飲んでいたとき、寄藤さんが急に置いてあったラフ画に、色鉛筆でおにぎりの柄を描きはじめたんですよ。あれは、本の設計を考えていたんですよね。
寄藤:そうです。見返しのところにおにぎりが白く抜けているようなデザインにするのはどうかなと思って、ためしに描いていたんです。
高山:そのときに「おにぎりは『いのち玉』みたいなものだから」っておっしゃったんです。それを聞いた瞬間に「そっか、『いのち玉』か!」と目の前がパアッと開けた感じがしました。
料理の仕事をしていると、「食べ物」と「いのち」ってとても身近に語られやすいんです。でも、私の中で「いのち」という言葉はとても重くて、軽々しく使うことに抵抗がありました。そんな思いを「いのち玉」という言葉はフッと軽くしてくれたんです。
「玉」がつくだけで「あんこ玉」のような、「玉ころがし」のような愛らしさと可笑しさが出てくる。さらに、この「いのち玉」は自分で握ってパクっと食べることができる。忙しいお父さんやお母さんにも作ってあげられる。それが体に入る。
「いのち玉」という言葉が生まれたことは、私たち全員に、この絵本を通して伝えたい思いがパチッとはまった瞬間でした。
───そんなやり取りがあって生まれた『おにぎりをつくる』だったからこそ、みそ汁の絵本のアイディアはそうそう出てこないだろうと思っていたんですね。
高山:はい。でも、おにぎりの撮影が終わって、編集者さんとの話を思い返したときに、「そういえば、お出汁のことをすごくお話しされていたな……」と気づいたんです。
すると、自然に「おあじみ、おあじみ おいしいぞ」というフレーズが出てきちゃった(笑)。たしか、夕飯にみそ汁を作ろうとしていて、お出汁を味見していたときです。もうそうなったら、みそ汁の絵本もできるぞ……と。
───思ったよりずっと早く2冊目の構想が浮かんだのですね。
高山:同時にちょっと迷いもありました。私はどちらかというと不良っぽい料理家なので、あまり「昆布と煮干しで取ったお出汁は体に良いものですよ」と言いたくないんです。
だって、世のお母さんたちは本当に忙しいでしょう。だから「みそ汁は、インスタントのお出汁でも美味しくできますよ」って言いたいの。ほんとに美味しいし。でも、家では私も昆布と煮干しでお出汁を取っている。その美味しさは知っているけれど、「やりましょう」と強くは言いたくない……。そういう気持ちを抱えたまま、『みそしるをつくる』の撮影はスタートしました。
そうしたら、寄藤さんと長野さんが、昆布と煮干しを鍋に浸している、あの30分間の写真を撮影してくれたんです。これを見たとき、爆笑してしまって「やったー!」って大喜びしました。これでお出汁のもつ堅苦しさが取れて、観察みたいなワクワクした面白さが伝わるって。
───たしかにこの場面は、実験のようなワクワク感がありますよね。
高山:それと、普通はお味噌入れてからお味見すると思うんですけど、あえてお出汁のときに味見をすることは、はじめから決めていました。調味料が一切入っていなくても、子どもはお出汁の味が分かるはずなんですよ。美味しい味がするっていうのを、ちゃんと確かめてほしいなと思って、この場に入れました。
寄藤:みそ汁の絵本というと、普通はどんな具を入れるかというところがメインになると思うんです。でも、『みそしるをつくる』は半分以上お出汁の話なんです。じゃあ、絵本を読んだら、お出汁ばかりが印象に残るかというと、ちゃんとみそ汁が主役に来ている。その分岐点というか、お出汁からみそ汁へと移行するポイントがこの味見している写真だとぼくは思っています。
それまで、ずっと出てくるのは無機質な物ばかりで、構図も機械的な印象にしています。それがこの横顔がパッと入ってくることで、お出汁の味とかが血の通ったものに感じてくる。「あ、美味しそう」って読者も思ってくれる。だからこの横顔にはとてもこだわりましたね。長野さんに「色っぽく撮ってください」ってお願いしました。
長野:ぼくも「分かりました」って即答しました(笑)。
寄藤:長野さんって、もちろん食べ物をとびきり美味しく撮れる人なんだけど、人物もとびきり色っぽく撮れる人なんです。食べ物も人物も長野さんが撮ると独特な「色っぽさ」が醸し出されます。
前回の『おにぎりをつくる』では手しか出てこなかったので、『みそしるをつくる』で長野さんの本質を感じてほしいと思いました(笑)。
───色っぽさ、すごく伝わります(笑)。ところどころに登場する、煮干しと昆布のイラストもとても可愛いです。これは寄藤さんが描いているんですよね。
寄藤:そうです。『おにぎりをつくる』では「くまさんの て」という表現が出ていたので、クマの絵を入れました。『みそしるをつくる』でも何かイラストを入れたいと、編集者さんからご要望があったので、いろいろ考えて、煮干しと昆布にしました。……でも、後になってこれで苦労することになるんです。
───苦労というと?
寄藤:煮干しのバンザイを、どう描くべきかちょっと悩みました。足が2本つくぐらいなら、まだキャラクターで説明できるんですけど、バンザイさせるとなると、どこから手を出したらいいものか……と。最終的に、えらにあるヒレが伸びて手を挙げるっていう設定を作って描きました。
───ほのぼのしていて、とてもかわいいですよね。あと、最後の「ぎゅうにゅう いれても おいしいよ。」という一文には、ちょっと驚いてしまいました。
高山:ちょっとだけですよ。たくさん入れちゃダメです。なんかね、かすかに洋風な味わいになるの。粕汁風な感じもするし、コクが出るんです。本当に美味しいんです。
ただ、調理するときは、お椀ではなく、お鍋で煮ているときに入れてください。お椀に入れると、冷めちゃうので。みそ汁ができ上ったら、最後にちょっとだけ入れるんです。お豆腐と油揚げの具に、さらにソーセージを加えても合います。グッと洋風な感じが出て、子どもたちも大好きだと思います。
───みそ汁の具材は最初から油揚げと豆腐に決めていたのですか?
高山:『おにぎりをつくる』のときから、出てくる材料はできるだけシンプルに、最低限のもので美味しさが出せることにこだわっています。今回、どうしても油揚げを切るときに包丁を使いますが、代わりにお豆腐はスプーンですくう。小さな子どもたちがひとりでも作ることができる。そして、誰かに作ってあげることができる。そこの軸は変えたくなかったです。
───材料はシンプルにということを伺った後で、ちょっと聞きづらいのですが、みなさんのオススメのみそ汁の具を教えていただけますか?
長野:うーん、何ですかね……ぼく、九州出身なんで、まず味噌が違うんですよ。麦みそでちょっと甘め。だから、上京したとき、みそ汁を飲んで「あれ?違う」って思ったのは強く印象に残っていますね。だから、今も具材より味噌に対するこだわりが強いかもしれません。具は豆腐とかネギとか、味噌の味を邪魔しないものが好きですね。
寄藤:ぼくは、なめこ汁。子どもの頃から変わりません。はじめてなめこを食べたときの、トゥルンって食感が強烈で、未だに忘れられない。あと、ぼくは長野出身なんですが、なめこ汁は秋から冬にかけての定番というか、体を温める効果もあるんだと思います。
───高山さんはどうですか?
高山:私? そうですね、ひとつに絞るのは難しい……。白みそ仕立ての百合根のみそ汁はとても美味しいです。あと、あとゴマ豆腐のみそ汁もオススメです……と、これは気取ったみそ汁(笑)。
子どもの頃の思い出で言うと、うちの母の唯一の得意料理がみそ汁なんです。お麩とネギのみそ汁。静岡県の特徴だと思うんだけど、お出汁は鯖節で取るんです。それがやっぱり一番好きかな。
長野:みそ汁って、味噌や出汁だけを見ても、地域ごとで全然違いますね。
高山:そうですね。それぞれの家庭で、思い出の具があるのも良いですよね。
───『おにぎりをつくる』『みそしるをつくる』とあって、これでおそらくひとつの完成形だとは思うのですが、読者としてはやっぱり次回作は何だろう……と期待してしまいます。何か、構想はありますか?
高山:そうですか? 何が良いかしら? その前に、長野さんと寄藤さんは3冊目を作りたいですか?
寄藤:ぼくは作りたいですよ。
長野:そうですね。できたらいいですね。
高山:できるかなぁ……。例えば、卵を使ったおかず、あ、ゆで卵とか良いかもしれませんね。ゆで卵って美味しいじゃないですか、自分で作れたら嬉しいですよね。……って嘘です。もう2冊で充分(笑)。
でも、お約束はできないけれど、『みそしるをつくる』のときのように、歌詞が出てきたら、もしかしたら3冊目も生まれるかもしれません。
───歌詞が生まれるのを心待ちにしています。今日は楽しいお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。
●編集後記
久々の再会に、とても穏やかに和気あいあいと進んだインタビュー。
気になる献立は……。
・手巻きおにぎり(塩むすび、黒すりごま塩、ゆかり&焼き海苔)
おかずは上から時計まわりに、
・青パパイヤの塩もみ(青じそ、スダチ)
・牛肉のしぐれ煮(しょうが、山椒の実)
・ピーマンのじゃこ炒め
・なすの炒め煮
・青パパイヤのきんぴら風(かつお節)
どれもとっても美味しそうですね!