ぬいぐるみが大好きな少女、「りりか」。
彼女は、ぬいぐるみをかわいがればかわいがるほど、やぶけたり、ほつれたり、汚れてしまうことを、残念に思っていました。
いつしか彼女は、そんなぬいぐるみたちを、また元の姿に直すための技術を学び、ぬいぐるみのための診療所をつくったのです。
「りりかぬいぐるみ診療所」
美しい高原の森の中、季節の花々と植物に囲まれたへんぴな場所に、それはあります。りりかの手にかかれば、どんなにボロボロなぬいぐるみでも、まるで生まれ変わったように生き生きとした姿になると、たいへん評判でした。
でも、りりかの特技は、ぬいぐるみをきれいに直すことだけではありません。彼女には、だれにも真似のできない特別な秘密がありました。
かわいらしいモチーフであふれる、あたたかでやさしい4編の物語。
主人公のりりかさんは、ぬいぐるみを直すことを「治療」ととらえ、まるでほんとうのお医者さんが患者に対してそうするように、これからどういう治療をほどこしていくのか、ぬいぐるみの持ち主に対してていねいに説明します。
子どもに対しても言葉をはぶいたりせず、彼らが理解できるよう表現を変えながら説明し、最後には、持ち主である子どもたちから治療の許可を取ります。りりかさんのそういう仕事のやり方が、悲しい気持ちを抱えて診療所にやってきた相手に対して、どこまでも真剣な気持ちで向き合っていることのあらわれに感じられ、その頼もしさ、やさしさに胸を打たれました。
特に印象的だったのは、サルのぬいぐるみ「リッキー」の治療。体の中のわたを抜いてあたらしいものに取り替える処置について、持ち主の少年「立樹」くんが「かわいそう」だと言ったときのこと。古いわたは全て処分するのではなく、その一部を使って、患者であるぬいぐるみに似た小さなフェルト人形を作り、それをあたらしいわたといっしょにぬいぐるみの体に入れると、りりかさんは説明します。
「でも、もちろんわたを交換しなくてもいいのよ。どちらにするかは、立樹くんが、リッキーのために決めてあげて。」
そうした、りりかさんの語るぬいぐるみ補修の具体的な手順や、実際に彼らを治療する際のリアルな描写、それによってぬいぐるみが少しずつ生き生きとよみがえっていく様子には、いわゆるお仕事モノとしての楽しみがあり、「なるほど、こんなふうにしてぬいぐるみって直していくんだ!」とワクワクさせられます。
また患者であるぬいぐるみに対しても、りりかさんはまるでひとりの幼い子どもと向き合うように、彼らをはげまし、いたわり、共に治療を乗り越えていきます。なんと、そんなりりかさんの診療所には、治療を終えたぬいぐるみたちが休むためのベッドや、持ち主を待つあいだ他のぬいぐるみたちと過ごすための、憩いの場所まであるんです!
かわいらしい世界観ながら、ぬいぐるみそれぞれを心を持つひとりの存在としてあつかうりりかさんのかっこいい仕事ぶりにご注目ください。
(堀井拓馬 小説家)
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りりかさんは、てんくまとちびくまが大好きで、どこへだって連れて歩き、朝起きてから夜ねむるときまで、いつも一緒でした。けれども、ぬいぐるみのからだというのは、思っていたほど丈夫なものではありませんでした。かわいがればかわいがるほど、やぶけたり、ほつれたり、よごれたりしてしまうことに、小さいりりかさんは気づいてしまったのです。
そこで、りりかさんは大人になると、洋裁学校に入学して、じゅうぶんな知識と技術を身につけました。そうして、ぬいぐるみを愛する人たちが、いつまでも幸せにくらしていけるように、こわれたぬいぐるみを治療するための「りりかぬいぐるみ診療所」を開いたのです。
場所は、美しい高原の森のなか。いちばん近い町から、一時間ほどバスにゆられたあと、さらにバス停から三十分ほどあるいたところに、りりかぬいぐるみ診療所はありました。古い別荘を改築して作られたその診療所の周りには、しらかばや、ぶなや、くりの木がはえ、天気のいい日には、鳥や、りすや、野うさぎなどが、ひょっこり顔を出すこともありました。
そんな山の中にあるにもかかわらず、どこでうわさをきいたのか、りりかさんのもとへやってくる患者さんは、あとをたちませんでした。りりかぬいぐるみ診療所にぬいぐるみをあずけると、どんなにぼろぼろになったぬいぐるみでも、まるで生まれかわったように、いきいきとしたすがたでもどってくると、もっぱらの評判だったからです。
りりかさんは、ぬいぐるみを直す腕がいいということのほかは、とくにかわったところもない、ごくふつうの女性に見えました。けれどもたった一つだけ、りりかさんには、だれも知らないひみつがあったのです。いったいどんなひみつなのかは……物語を読み進めていくうちに、すぐにわかることでしょう。
さあ、今日もりりかぬいぐるみ診療所に、患者さんがやってきたようです。(本文より)
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