●実は九代目?! 「彦坂木版工房」ができるまで
───「彦坂木版工房」は彦坂有紀さんと、もりといずみさん、お二人がユニットとして活動されていますが、いつ頃、活動をスタートしたのですか?
もりと:話すと長い話なのですが、彦坂の八代前のご先祖様に、彦坂喜平という人がいまして、その人が江戸時代、歌川広重の浮世絵の摺り師をしていたんですね。それから現代まで続いていた「彦坂木版工房」を彼女が引き継いで九代目に……というのは、ウソで……。

───え?! ウソなんですか? すごくリアリティのある話なので、信じちゃいましたよ。
彦坂:「彦坂木版工房」と聞くと、とてもご年配の方がやっていそうな工房に感じるので、話のネタにご先祖様の話を出すんですが、全部ウソです(笑)。本当は2010年くらいに二人で「彦坂木版工房」をスタートさせたときに付けたんです。
───そうだったんですね。たしかに「彦坂木版工房」って、職人気質の老舗工房という雰囲気がありますよね。
彦坂:私が大学時代に木版画と出会って、すごく楽しかったので、木版画に関連のある仕事に就きたいと思ったのですが、現在ではほとんど廃れてしまって職業がなくて。それで一度はあきらめて普通のOLになったんですが、細々と作品を作っていたんですね。それでもやはり、木版画をメインに仕事をしたくて、会社を辞めて「彦坂木版工房」を立ち上げたんです。
───お互い仕事を辞めて、今までやりたかった木版画の仕事をやるタイミングがピッタリだったんですね。パンを木版画で描くようになったのはいつ頃からなのですか?
彦坂:はじめてパンを木版画で描こうと思ったのも大学のときでした。子どもの頃、母がパン教室の先生をやっていたこともあって、パンが好きだったことも影響していると思うのですが、アルバイト先のレストランが近所でも評判のパンがおいしいお店だったんです。そこで、お店のパンの絵を木版で作って本の形にしてみたんです。

───そのときの作品を見せていただいているのですが、今と雰囲気がちがいますね。でも、パンをおいしくみせようという熱い思いは変わらず感じます。
彦坂:10年くらい前の作品なので、それから今まで摺りの技術を高めていったということが如実にわかりますね(笑)。
───すごい! 木版画のページの間に和紙が綴じられていて、美しい装丁ですね。

もりと:このような作品はコンスタントに作りつづけていたのですが、今までにない新しい形の木版画を伝えたいと彦坂木版工房をスタートさせました。ただ、はじめたばかりのころ、ぼくたちにはコネも伝手もなく、まず自分たちのことをどうやったら知ってもらえるのか……という壁にぶつかりました。
───本を製作販売し、彦坂木版工房のプロモーションを行ったんですね。
もりと:そこから少しずつ彦坂木版工房のことを知った人たちから依頼が来て、絵本のお仕事もいただいて、今の形のユニットとして活動していけるようになりました。
───作品を作るときのお二人の役割分担はどんな形なのでしょうか?
もりと:彫りに関しては2人で分担をして作業を行いますが、摺りは彦坂が全て行います。同じ版木を使って、同じクオリティのものをコンスタントに摺るという作業は実は非常に高い技術を要するんです。

───木版画に魅了され、パンと木版画の相性の良さを発見したことから彦坂木版工房はスタートしているんですね。最近はパン以外にも色んな作品を発表していますよね。
もりと:おかげさまで、色々なところからご依頼を頂いて、パン以外にも野菜や手ぬぐいなど、描くテーマも多様化してきています。
───木版画で作りやすいものと作りにくいものはありますか?
彦坂:動物や鳥など、毛でおおわれているものとの相性はあまりよくありませんね。生き物なら爬虫類や魚など、輪郭のハッキリしているモノの方が描きやすいと思います。それと、これは私のテンションの問題でもありますが、やはりおいしいものをおいしく魅せる方が得意です。
───これからもたくさんおいしい作品を作っていってほしいです! 3作目のテーマはすでに決まっているのですか?

彦坂:今まさに、下絵(ラフ)のやり取りをしていますが、3冊目は「おいしいもの、ばんざい!」と声に出したくなるような、今まで以上においしいものが出てくる絵本を作りたいと思っています。
───それはすごく楽しみです! 今日は本当にありがとうございました。
●原画展情報 彦坂木版工房『ケーキやけました』木版画展

『ケーキやけました』に登場するケーキの原画がCLASKA Gallery & Shop “DO”で展示販売されます。

●彦坂木版工房さんのアトリエ探訪

版画に関係する道具でいっぱいのアトリエ! 「あれは、何に使うんだろう……?」と、眺めているだけでワクワクしてきちゃいました。

●編集後記

取材中、ワークショップで行っている版木を使って、実際に摺り体験をさせてもらいました。同じ版木を使っても、摺る人によって完成度は全然違います。彦坂さんの手の動きは、ひとつひとつ、何かの所作のように滑らかで美しく、そこから生み出される木版画は、ふっくらとしたパンの質感までが感じられるものでした。

インタビュー・文: 木村春子(絵本ナビライター)