●子どもを持つ家庭にリサーチし、子どもたちの反応を絵本に反映しました。
───おはなしの中に登場する「手」のエピソードはどれも心温まるものばかりですが、特に印象的なものはどれですか?
宮下:絵本制作でいえば、最後に登場するおばあちゃんとお孫さんのエピソードが特に表現するのが難しかったです。
───幼いころ、優しく手をつないでくれたおばあちゃんの大きな手が、年を経て、孫の方が大きくなると、小さく、しわの増えたおばあちゃんの手を、孫が支えるというおはなしですね。
宮下:大人はとても感動するエピソードなのですが、小さいお子さんには、年の経過が分かりにくく、全く違う登場人物の話ととらえられてしまっていました。そのため、プロダクションと何度も話し合い、おばあちゃんの年齢を感じる見た目にしたり、背景をつけて、場面を分かりやすくしたり、言葉も何度も検討し直して、お子さんが一人で読んでも理解できるよう、工夫しました。
八田:いちまるのキャラクターを作るときもそうですが、絵本制作では、ラフ画の段階から何度もお子さんのいる職員に協力してもらい、家で絵本を読んで、子どもたちの反応など、感想を聞いてきました。このおばあちゃんと孫のエピソードも、大人だけの視点では気づかなかったと思うのですが、子どもの反応を確認しながら制作していったおかげで、小さいお子さんにも伝わりやすい内容になったと思います。
───八田さんの印象に残っている場面はどこですか?
八田:これも子どもを持つ職員から聞いたエピソードなのですが、絵本を読み終わった後、絵本に出てきた、お母さんと子どものエピソードをまねて、お父さんのほっぺに手を当てたそうなんです。その話を聞いたとき、絵本の内容がしっかりと子どもたちに伝わったと感じました。
───その子は、おはなしを読んで、お父さんのほっぺに手を当ててみたくなったんですね。
八田:「手」は漢字で書けば一文字ですが、これだけいろいろな物語が生まれるという、漢字の持つ豊かさを、読者の方にも感じてもらえるのではと思いました。
───そのほかにも、子どもの声を反映した部分はありますか?
宮下:絵本の最後の見返し部分に「みんなの手をかいてみよう!」という、手型を書くページを入れたのですが、これもお子さんからのアイディアを採用しました。
八田:こういう発想は大人だけでは生まれなかったんじゃないかと思います。絵本を読んで、興味を持ったことを生かそうとする、子どもの発想力のたくましさを感じた瞬間でした。
───おはなしはもちろんですが、絵の中にいろいろな生き物が登場したり、読者に楽しんでほしいという思いが、随所に感じられました。
宮下:いちまるは宇宙人という設定なので、冒険する世界や周りの生き物も、地球では見ない不思議な形や模様を取り入れました。絵本を読んだ子どもたちが「へんてこな生き物がいる!」と盛り上がってくれたら嬉しいですね。
八田:ぜひチャレンジしてほしいのが、「かくれいちまるをさがそう!」。絵本のそれぞれのページに、ひとつずついちまるの形が隠れています。どこに「かくれいちまる」がいるか、家族で楽しみながら見つけてほしいです。
───『いちまるとふしぎな手』では、「手」という漢字にスポットを当てて、物語が進んでいきますが、これからもほかの漢字にスポットを当てた絵本が出版されるのでしょうか?
宮下:シリーズ化を望む声が協会内だけでなく、書店さんからも上がっています。1年生で学習する漢字が80字あるので、1年に1冊出していくなら80年かかる計算なのですが(笑)。
八田:漢検の出版する絵本というと、多くの方が「1年で習う80字を全部使った作品になるのではないか」と思われると思います。しかし今回、私共は漢字を学ぶことだけではなく、漢字の持つ意味、そこから感じる人と人との温かさを絵本を通して感じてほしいと思いました。だからこそ、1冊一文字であることにこだわり、絵本を作りました。
───2作目はどんな漢字が選ばれるのか、とてもワクワクします。おふたりはどんな漢字で2作目を作りたいと思いますか?
八田:実は私は好きな漢字がすでに決まっていて、「楽しい」の「楽」や、「心」など、明るく温かいイメージを持つ漢字を使いたいと思っています。
宮下:最後は「漢(かん)」で締めたいなと思っています。
───「漢」でどんな絵本ができるのか、今からとても楽しみです。最後に、改めて『いちまるとふしぎな手』のメッセージをいただけますでしょうか。
八田:『いちまるとふしぎな手』は、はじめての漢字との出会いを温かいものにしたいという願いを込めて作り上げた絵本です。「手」という漢字一字に込められた思いや世界観を、親子で楽しんでいただき、漢字を好きになってほしいと思います。この絵本を通して、漢字の素晴らしさと、意義深さを親子で話し合うきっかけにしていただけたら嬉しいです。
宮下:私自身、子どものころ、漢字が得意ではなかった思い出があります。しかし、大人になって漢字を新たに知ると、一見、難しそうな字も、実はとても面白い成り立ちや意味を持つことに気づきました。漢字を苦手に感じているお子さんや、大人の方が『いちまるとふしぎな手』を読んで、漢字に少しでも興味を持ってもらえると良いと思います。
できれば、この絵本が手元に届いた後に、ぼろぼろになるまで読んで、大人になっても思い出す大事な存在になってもらえると嬉しいです。
───ありがとうございました。