26年間小学校教諭を務め、児童文学作家として30年以上活躍しているくすのきしげのりさん。学校の現場で働いているときから、道徳や国語の教材として活用するために作品を書き続けてきたというくすのきさんは、『おこだでませんように』(小学館)や『いちねんせいになったから!』(講談社)など、素敵な作品をたくさん世に送り出してきました。
そのくすのきさんが手がけた新シリーズ、「学校がもっとすきになる絵本」シリーズが、東洋館出版社から発売されました。「学校が嫌いだ、という子をひとりでも減らしたい」という願いを込めて作られた3つの作品について、絵本ナビ編集長の磯崎がくすのきさんにお話を聞きました。
●「絵本を通じていい大人や友だちと出会ってほしい」という編集者の思いに共感し、できあがった新シリーズ絵本
磯崎:「学校がもっとすきになる絵本」シリーズは、主題がストレートに表現された名前ですね。だからこそ、子どもと学校の関係について、くすのきさんがとても大切になさっている強い想いが伝わってきます。
新シリーズは、東洋館出版社さんからの企画で立ち上がったのでしょうか?
くすのき:そうなんですよ。僕と東洋館出版社さんは、教育関係の本でお仕事の付き合いがあったんです。それが今回初めて、オリジナルの絵本を出すということで依頼されて。編集者さんもね、絵本を作るのが初めてだったんです。
小林(編集者):絵本作りについて、くすのき先生にいろいろと教わりながら、完成させることができました。
今年創設70周年を迎える東洋館出版社は、学校の先生向けの本を長く作っており、実際に学校で先生と接する機会が多いんです。そこで出会った熱心な先生のお話を聞いたり、その先生が教えている子どもたちの姿を実際に見たりする中で、「こういう先生を、もっと多くの子どもたちに出会わせてあげたい」、「絵本を通じていい大人や友だちと出会い、心を動かすきっかけになるようなものを作りたい」と思うようになりました。
保護者会のときに『おこだでませんように』を読む先生も多くて、くすのきさんの作品は先生たちにとっても人気があります。絵本を企画するためにとったアンケートでも、「くすのきさんに書いてほしい」という声もあって、これはしっかり取り組まなければと。
そこでくすのきさんにお願いしたところ、シリーズ名の「学校がもっとすきになる」や、「月曜日を待ちわびるようになりますように」という企画書の文言に賛同してくださったんです。
くすのき:「書いてほしい」といってもらえるのは、ほんとうにありがたいことです。
僕の大きな創作テーマは、「ひとりひとりが、みんなたいせつ」。僕は、学校の現場にいて退職するまでの7年間、特別支援コーディネーターをしていたんです。
現場では、子どもの涙やお父さんお母さんの切実な大変な思いとずっと向き合っていたので、作品の中ではね、子どもの笑顔とか、信じられる大人、頼りになる先生をしっかり書きたいと思ったんです。それが、もう1つの創作テーマでもあります。
だから今回「学校が好きになる絵本」シリーズの企画を聞いたときに、「書いてみたい」と思ったんですね。
磯崎:そこにくすのきさんのこだわりを感じるというか、ぶれない真理としてあるのかなと思いました。
くすのき:うん。僕の作品全部、その2つがテーマとしてあるんです。とりわけこの新シリーズは、教育関係出版の老舗である東洋館出版社さんが出す、初めての絵本です。現場の先生方に、直接見ていただく機会が多いので、やっぱりしっかりしたやつを出したいなと思いました。
磯崎:新シリーズの発売は4月14日で、ちょうど新学期がスタートしたばかりの時期ですよね。特に小学校1、2年生とその親にとって、4〜5月の1ヶ月はとてつもなく長い時間だったのではないかと思います。毎日いろんな人に出会い、勉強だけでなくいろんなことに挑戦する日々は、それこそ戦いのような日々で、その中で「友だちの作り方」、「けんか」、「物を大切に」ということにも一番向き合わなくてはならない時期だとも思うんです。だからこそ、3冊の絵本のテーマは、シンプルだけどすごく興味深いなと思いました。
次はもう少し詳しい内容について、1冊ずつお話を聞きたいと思います。
●一歩踏み出す勇気と、新しい友だちを受け入れる寛容な心を書いた『いまから ともだち』
磯崎:『いまから ともだち』は、都会から田舎の分校に転校してきた「はるか」が、みんなと友だちになる内容ですが、印象的なのがこの表紙! たるいし まこさんが描くはるかちゃんの、澄んでいるけれど少し不安気な気持ちが出ている表情が、すごくいいですね。
小林:私は、くすのきさんの作品の中でも『メガネをかけたら』が一番好きなんです。お話が重い問題を扱っていることもあり、楽しく読んでもらいたいという気持ちから、「この絵本の画を描けるのは、たるいしさんしかいない」とお願いしました。
くすのき:表紙は、転校してすぐのところの顔やな。前の学校では嫌なことがあって、本当は山の学校なんかに行きたくなかったというくだりなんだけど、友だちがみんな寛容なんですね。この頃少し、教室が窮屈になってきているので、この作品では、子どもたちの寛容さを書きたかったんです。
磯崎:子どもだけでなく、大人にとっても、友だちの作り方って難しい問題だと思います。 それをさらに物語にするのも難しかったのではないですか?
くすのき:この作品の「友だちの作り方」には、2つの視点があるんですよ。
1つは「はるかが」たくさんの友だちを作ったこと、もう1つは「周りの子どもたちが」ひとりの友だちを作ったこと。不安を抱えて転校してきた友だちに対する寛容さは、「周りの子どもたち」にとっての、友だちの作り方なんですね。
僕は、全校生徒が800人という町の小学校も、逆に十数人という僻地の小学校にも、勤務したことがあるんです。都会から僻地に異動になったときに、単純に受け持つ生徒の数が少なくなったから、随分楽になるかなと思ったの。でも1週間ぐらいで、全然違うと気付いた。人数が少ないと、クラス替えもないから友だち関係も変わらなくて、変わったのは担任の先生だけ。だから、ものすごく大きな影響力と責任があるんです。そういうところで過ごしている子どもたちにとって、新しい友だちが来るのは大事件なんですよ。
磯崎:お互いが友だちになるために、はるかは「一歩踏み出す勇気」、分校の子は「寛容に受け入れる」ことが必要だったんですね。どちらにとっても「転校初日」が、大事な1日だということが、絵からも伝わってきます。
小林:たるいしさんも、細かい部分までいろいろこだわって描いていただきました。特に「もうともだちだよ」という場面は一番良いところなので、みんなとはるかの表情を見せたいという想いで作りましたね。
くすのき:そこに至るまでの、心の動きが大事なんですね。
僕の作品は、大事件が起きたり魔法使いが出て来たりする内容ではない。この本なんかは、言ってみれば「転校したら、友だちができた」というだけのことなんだけど、はるかや分校の子にとっては、ものすごく大切なこと。だから分校の子たちは、一生懸命「受け入れる」ことをしている。うれしい気持ちの上に、さらに喜びながら。これは義務でしなくちゃとか、先生に言われるからしなくちゃというわけではなく、ほんまに「新しい友だちが来てくれる、来てくれた」ということがうれしいんですよ。
磯崎:そうなんですね! お話を聞いて、「どうしてこんなにやさしいの」というはるかちゃんのセリフが、ストンと心に落ちました。「まえの がっこうでは、ときどき むしされたのに。」という一言があるので、少し重みがあるセリフだなと思っていたんです。こんな風に友だちになれたら素敵だし、理想ですよね。
くすのき:そう。僕の作品は、ときどき「子どもの現実をわかっていない」、「現実は違う」と言われることがあるんですね。
でもね、特別支援コーディネーターを7年やって、虐待を受けている子やDVの家庭にも関わって、行政や警察と連携して子どもやお母さんを県外へ逃がして、毎日家庭訪問をして……ということをずっとやってきて、子どもたちの涙や厳しい現実と向き合ってきた僕だからこそ、作品の中で子どもの笑顔が書きたいし、理想の先生を書くんです。「こんな学校があってほしい、こんな学校じゃなかったらいかん」と思うし、「こんな先生いたらいいのにな、いや、先生だったらこれくらいの心配りができなければ」と思うから、書くわけなんです。