●社会貢献のデザインで、2011年度グッドデザイン賞受賞!
───「テミルプロジェクト」について聞かせてください。先ほどから名前が出ているパティシエやシェフたちはなぜ参加することになったのですか。

船谷:まず、私たちがこのお菓子プロジェクトに取り組むことになったきっかけからお話させてください。
私たちは最初にお話したように、社会福祉士として障がい者が社会に出ていくための仕事をしてきました。企業から依頼を受け、障がい者のアクセシビリティーを検証する仕事などもその一つです。たとえば、ドコモの「らくらくフォン」が企画されたときにドコモから依頼を受けて、障がい者の方たちと実験的に携帯電話を使いながら使用状況を検証し、企業に報告して商品開発に生かしてもらうというようなことです。
あるとき、全国の障がい者就労支援施設で作られているお菓子を集めたギフトカタログを作ってみたらどうか、というアイディアが浮かびました。でもそのときの僕は、「自分が人に贈ろうと思わないようなギフトをカタログにしても、だめじゃないか」と思いました。ひどい言い方かもしれませんが、そのとき施設で作られているお菓子は、一部の支援者の方をのぞいて、一般の方があえて積極的に買ってくださるものとは思えなかったんです。
2005年の「障害者自立支援法」(※)成立以降、施設をとりまく状況も変わりつつありました(※2013年現在は、障害者総合支援法)。そんなときにカタログの話があったので、「それではだめだ」と言った瞬間に「じゃあ、人に贈りたくなるようなお菓子を作ろう」と頭が切り替わりました。それでパティシエの方にお願いをしにいったのです。「障がい者の方が作れるような手順と方法で、おいしいお菓子ができるような、コツを教えていただけませんか」と。
───みなさん、教えてくださるんですか。ご自身のコツを。
船谷:今まで断られたことがないんです。たくさんの著名なパティシエの方々がテミルプロジェクトに参加してくださっていますが、会いに行ったその場で、知り合いの方に電話してくださる。「彼だったら引き受けてくれるのでは?」と、紹介してくださるんです。辻口博啓シェフとの出会いが大きかったですし、「ハリエさん」こと山本隆夫シェフとの出会いも本当に大きかったです。
───すんなり教えてくださるのが、不思議な気がするんですが・・・。
船谷:はい。おそらく、お話をしたときに、シェフの方々が「自分しかできないことだよな」と感じてくださるんじゃないかと。ここで混ぜすぎるとグルテンが出てきてかたくなりすぎちゃうんだよなとか、ここをこうすればとか・・・シンプルな手順でおいしいお菓子を作るにはどうすればいいかのアドバイスをできるのは、自分だ、と。
中尾:実際、びっくりされるほど、おいしくできるんですよ。先日、絵本作家の長谷川義史さんにパッケージの絵をお願いしにうかがったんですが、サンプルのお菓子を食べていただくと「おいしい」「甘いものは好きじゃないから食べないけど、これは食べる」とおっしゃって・・・うれしかったです。

大丸心斎橋店での展示販売会の際には、かわいいパッケージに包まれた商品が次々売れていくのを、作った施設の方たちが小一時間立ち尽くして見つめていたそう。「まゆちゃん」のように一見表情ではわからなかったけど、すごくうれしかったのではないでしょうか、と中尾さん。
───絵本作家さんにパッケージの絵をお願いしようと思ったのは?
船谷:私が荒井良二さんの絵本『
はっぴぃさん』を大好きだったからです。私たちがめざすのは『はっぴぃさん』のお話、価値観そのものだと思いました。だから荒井さんにこそパッケージの絵を描いていただきたいのです、とお願いのメールをしました。
しばらくお待ちしていると返事が来ました。忘れもしない1月の寒い日、渋谷でマントを来た荒井さんにお会いすることができました。
そのとき「たまに(施設に)クッキー作りにいくんですけど、一緒に作るの、楽しいですよ」とおっしゃっていました(笑)。
───えっ。荒井良二さんが施設にときどき行かれて、一緒にクッキーを作っていらっしゃる?
中尾:ごく普通におっしゃっていましたね(笑)。私たちも驚きました。
───テミルプロジェクトのスイーツ第一号は荒井さんのパッケージだったのですか。

パネルを使って障がい者就労支援のモデルを説明してくださいました。船谷:いいえ。アプローチした絵本作家は荒井さんが最初でしたが、しばらくお返事をお待ちする間に辻口博啓シェフのプロデュースで作られたスイーツが、Laundry(ランドリー)さんの絵のパッケージで、第一号としてできあがりました。北海道の施設、はるにれの里のベーカリーショップ「こむぎっこ」で作られたマフィンなどです。
第二号が荒井良二さんのパッケージ、第三号がいわむらかずおさん、そして村上康成さん、たしろちさとさん、・・・あだちなみさん、長谷川義史さん・・・たくさんの作家さんにご協力いただいています。
2011年にはテミルプロジェクト全体に「グッドデザイン賞」をいただきました。障がい者就労支援のモデルとして評価していただきました。
───スイーツのパッケージデザインが表彰されたのかなと思ったら、そうじゃない。仕組みそのものが社会貢献のデザインとして表彰されたということですね。すばらしいですね。

(左)村上康成さんには「生き物の目は、絶対、黒だよ」としっかり念を押されたそう。
(右)いわむらかずおさんの絵は、森の木の上でリスがクッキーをかじっています! 絵や印刷のことを全く知らなかった中尾さん。いわむらさんに一から教えていただき、パッケージ印刷工場に行って現場の職人さんと最終校正の場に立ち会ったそう。

長谷川義史さんの絵には「子どもたちGO!」の文字。お菓子をもって子どもたちが外に出かけたくなるくらい、おいしいという意味だそうです。パッケージをつなげると子どもたちが並んで道を歩いている絵に!
───どのパッケージも本当にすてきですよね。
最後に、テミルプロジェクト事務局として今後の夢や目標がありましたら教えてください。
船谷:現在、14か所の施設で、14種類のパッケージの商品を作っています(未発売も含む)。実はパッケージの絵やデザインは、施設別になっているんです。
小山進シェフに会いに行ったとき、小山さんがおっしゃったんですが「作る彼らが愛せる商品を作らなきゃいけないよ」と。そのとおりだと心からありがたく思いました。ですから一施設一パッケージの原則を変更するつもりはありません・・・生産数に違いがあっても。それぞれの施設がそれぞれに愛せる商品を作り続けられるように、これからも商品と参加施設の組み合わせの数を増やしていきたいです。
そもそもテミルプロジェクト発起人として私が思い立った背景には、施設の賃金問題がありました。施設や作業所で働く障がい者の1か月の工賃(給料)は13,586円(※)と言われます。自分に置き換えて考えるとこれがどれくらいの金額かがわかるでしょう。この工賃をなんとか増やしたい。そして障がい者の職業の選択肢を増やしたい。(※平成23年度工賃(賃金)の実態調査(厚生労働省)によると、工賃倍増5か年計画の対象施設の平均工賃は13,586円でした。)
ドイツのハンブルグという都市に、予約担当1人をのぞくすべてのスタッフが障がい者で運営されている3つ星ホテル(B&Bスタイルの)を見に行ったことがあります。行ってみて、居心地のよさ、気持ちよさに感動しました。ドイツなどヨーロッパには障がい者が運営するホテルはたくさんあるんです。スタッフが自信にあふれたいい表情をしているんですよ。いいホテルは2か月前に予約しないと泊まれないくらい、いつも予約でいっぱい。日本でもこんな宿泊施設をいつかやれたらいいなと。それが夢です。
でもまずは絵本です。『うれしいかおってどんなかお?』『おいしいおかしをつくるには?』を通じて、何年かかっても、障がい者を知らないゆえの偏見を変えていきたい。すぐにとは言いません。大人が絵本を子どもたちに読んで聞かせて、まずは大人が少しずつ理解してくれるようになればと。そして読んだ子どもが成長したときに、世の中が少しでも変わっていればいいなと思います。
───ありがとうございました!

記念にパチリインタビュー: 磯崎園子 (絵本ナビ編集長)
文・構成: 大和田佳世 (絵本ナビライター)
※テミルプロジェクトについて、また販売中のお菓子の詳細については3ページ目でご紹介します!!>>>
【西内 としお(にしうちとしお)】
イラストレーター・アニメーター。1959年横浜生まれ。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業。 CFアニメや「ひらけポンキッキ」「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」などのアニメーションを中心に活動を始め、その後幼児向けの絵本や保育用品のイラストも手がけるようになる。現在も、アニメーションとイラストレーションの両分野で活動中。
【山本 省三(やまもとしょうぞう)】
神奈川県生まれ。大学で児童心理学を学んだ後、広告制作を経て、児童書の創作に入る。文と絵の両方を手掛け、絵本「おふろでぽっかぽか」(講談社)や童話「ゆうれいたんていドロヒュー」(フレーベル館)など、紙芝居、造形、ゲーム考案など作品は多岐にわたる。
【山本 隆夫(やまもとたかお)シェフ】
1972年、滋賀県近江八幡の和菓子屋「たねや」に生まれ、三輪 壽人男シェフ(鎌倉)の元で修行。「(株)クラブハリエ」を設立(1995年)。2011年3月より代表取締役社長に就任。現在、13店舗を展開。また、グランシェフとしても現場を指導・指揮している。その他、東京・青山にイタリアンドルチェ専門の「ソルレヴァンテ」、南仏菓子専門の「オクシタ二アル」などを展開。2012年10月25日、クラブハリエキッズなど新たな展開を開始する(大阪・阪急百貨店内)。