●赤やトルコ色、絵の具の色あざやかさに魅せられて
───お父様が著名なデザイナーでいらっしゃったそうですが、どんなお父様でしたか。
葵さんは、子ども時代にデザイナーのお父様から影響を受けていたことはあったのでしょうか。
私たちの頃は戦争もありましたので、父は家にいないことも多かったのです。当時はデザイナーなんて言葉はなかったので、お父さんは何をやっているのと聞かれると「図案をやっています」としか答えようがありませんでした。私もわかっていなかったし、学校の先生も、周囲の人たちも、よくわかっていなかったと思います。
ただ幼い頃から家にいいデザインのものがたくさんありました。たとえば額に入った絵や写真や椅子。
父の仕事道具も身近にありました。ふだん父の部屋に入ってはいけないことになっていたんですけど、父がいないとき、絵の具を押し出してチュッと色が出たときのあざやかさ・・・すごくきれいな赤やトルコ色をよく覚えています。
青山のここ(インタビューをしている「ギャラリー5610」のビル)はまさに実家があった場所。父の仕事部屋は板張り、畳の部屋や長火鉢もあって、モダンな家でしたよ。
戦争で父は文化部隊として従軍しましたから、私は小学校1年生のときに、母と、1つ違いの妹と奥伊豆に疎開しました。住まいの下は海で、石ころを拾ったりすることが楽しかった。きれいな着物用の反物の端っこをこっそり切って、縫い綴じて本のようなものを作ったりしていました。あとで母に、寸法を測っておいたはずなのに(着物を縫うための)丈が足りない!なんて怒られたりしてね。
でも戦争中はやっぱり大変でした。食べ物がない時代だから、朝早く起きると「まだ寝てなさい、お腹すくから!」と母に言われたことを覚えています。
───大人になって、お父様と同じ、デザインの仕事をするようになったのですね。
戦争で父が不在になり、父の仕事道具の紙類がいろいろ家に残されてあったわけです。それを切ったり貼ったり綴じたり、挿絵を描いたり・・・そんなことばかりいつもやっていたと母に言われました。案外、小さい頃からアートディレクションやエディターをやっていたんですね。
私はデザイナーとして、発注を受け、好まれるようにがんばるのが基本的なスタイルです。課された「条件」があったほうがやりやすいの。その中でいいものを、皆でああだこうだと話し合いながら作るのが一番好きです。
ネフ社のアニマルパズルのイラストだけでなく、企業のロゴデザインや、最近では石巻工房の復興プロジェクトでトートバックのイラストを描いたり、いろんなことをしています。安曇野のいわさきちひろ美術館にあるカーペットも私のデザインです。

葵さんの作品集『io Aoi』。親交の深かったブルーノ・ムナーリさんが巻頭言を書いています。
●子どもが一番いい批評家なんです
───葵さんにとって絵本はどのようなものですか。

私はデザイナーであり、絵を描く人ですから、絵本作家ではありません。絵本制作を専門にやっているわけじゃないのでね。
日本の絵本は「〜歳から」と明記してあるものが多いのね。私はあまり賛成ではありません。日本は情報が多すぎるでしょう、そうすると自分の考えを持たなくなってしまう。
どんな小さな子にも、意見があるはずなんです。それがあたりまえ。一人一人が好きなのを選べばいいんですから、失敗してもいいから、親も子も自分で選んでほしい。
絵本でもおもちゃでも子どもが一番いい批評家なんです。子どもの感受性は、信じるに値するものですよ。
───『ふゆ』の原書が描かれた当時を考えると、葵さんのイラストレーションは特別なように思うのですが。
そんなことないわよ。あの時代の
初山滋の作品なんて、すごくモダンでしょう。画家であり、本物の絵本作家だと思います。
『ふゆ』みたいにシンプルな絵本に幼い子が触れるのはいいことだと思います。できるだけシンプルなものから入って、子どもたちが自分で想像して世界をつくっていくというのかしら。
ストーリーも絵も最初からあまりにできあがっているものばかりだと、子どもが気持ちを入れる隙間がない。
言葉以前の、想像の世界をもっと大事にしてあげたいなと思いますね。
───最後に、『ふゆ』を日本の読者に、どんなふうに楽しんでほしいですか。
自由に空想を広げて楽しんでほしいなと思います。そして大人たちには、そんな子どもたちの楽しみ方を尊重してあげてほしいなと思います。

記念にパチリ

楽しくお話を聞かせていただきました!葵さんの後ろにあるのは、父・河野鷹思さんがデザインされた小津安二郎監督映画『淑女と髭』(1931年製作)のポスター。
<編集後記>
チャーミングでパワーのある葵さん。モダンでシックな部屋で、孫ほどの年齢差があるスタッフといきいきと言葉を交わし、信頼関係がにじみ出ている葵さん。すべてがかっこよく憧れてしまうひとときでした。
『ふゆ』日本語版は編集者村上さんの熱意で実現し、今後も絵本を一緒に作りたいとご相談されているそうです。
読者の1人としては、ぜひ葵さんワールドの絵本をもっと見たい!と切望します。ご活躍がますます楽しみです!


スイスのアトリエで。
インタビュー: 磯崎園子 (絵本ナビ編集長)
文・構成: 大和田佳世 (絵本ナビライター)