山の渓流沿いに立つ、桜の木。花盛りのときは鳥がまわりを飛び、人間に写生される美しい木。やがて嵐で折れ、川に落ちて、流されていきます。滝を下り、下流で老人に拾われた木は、小枝を折り取られ削られて、その夜の糧となる食料を焼く道具となり、加工されて木彫りのペンダントやおもちゃになります。小枝が取られた後の、年輪が見える大きな枝は、海まで流れてまた嵐に遭い……。
モノクロのドローイングでシンプルに描き綴られる「木」の物語。文章は限界まで削ぎ落とされ、「一本の木がありました。There was one tree.」が幾度か節目に登場するだけです。そのかわり、8B鉛筆で描かれたというスケッチのような豊かな黒い線を、読者は目でなぞり、勢いよく川に落ち、海まで流れていく木を追うようにイメージを広げていきます。
折れ、流れ、加工され、姿を変え、大海原を漂い、いつかは流木となっても……。木は、一本の木であることは変わらないこと。木が木であることを確かに描きながら、巡り、巡るものの存在感、普遍性を力強く優しく見せてくれる絵本です。
作家のくすのきしげのりさんと、画家のふるやまたくさんがタッグを組んで、人生への思いを込めた意欲作。大人にも、年配の方への贈り物にもいいかもしれません。もちろん、子どもと絵をじっくり眺めて、「木」と一緒に旅をするのもおすすめです。不器用で静かな情熱が伝わってくる作品です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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ひとはみな、一本の木である。モノクロームの世界が美しい想像力を育む絵本
本書はていねいに紡ぎ出された一本の桜の木の一生のものがたりです。
えんぴつ一本で描かれたモノクロの世界に、限りなくシンプルな言葉で綴られています。
そこに感じられる色や音やにおい、温度や空気感、 思惟や心の動き。
読むひとそれぞれの感性によって、物語は大きく豊かに広がっていきます。
人生と重なる一本の木の物語が、読む人の心を静かに温めます。贈り物にもぴったりの1冊です。
深い山あいの谷川の近くに
一本の桜の老木がありました。
やがて嵐が起こり、枝は折れ、
谷川に流されます。
一本の木は川を流れ、
やがて大海原を漂います。
どこにいてもどのようになろうとも
確かなことは、
自身が一本の木であるということ───。
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