アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周
- 訳:
- 金原 瑞人
- 出版社:
- ブロンズ新社
突撃レポート
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2025.07.10
「ネズミの冒険」シリーズは、人類の歴史的な発明や発見の裏には、いつも一歩先を行くネズミたちの冒険があったとする、ユニークで壮大な物語です。この度、最新刊となる『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』刊行を記念して、作者、トーベン・クールマンさんのトークイベントが開催されました。
このイベントは全国の書店員さんを対象としたもので、一般のお客様の参加申込はされていなかったのですが、特別に会場にお邪魔した絵本ナビスタッフが、トークイベントの様子をレポートします。
『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』は、「ネズミの冒険」シリーズ第5作目。第1作目の『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』発売からちょうど10年目の節目に出版された作品です。
講演会場には全国から書店員さん120人が一堂に会して、「ネズミの冒険」シリーズへ熱い視線を注いでいました。そんな中、作者のトーベン・クールマンさんが登壇されました。
壇上の大きなスクリーンにまず映し出されたのがこちらのイラスト。
これは、トーベンさんが普段、アトリエで作業をしているときの様子を描いたものなのだそう。
1冊の本を完成させるには、いろいろなプロセスを経て、いくつもの細かい作業を行っています。私はこの絵のように、たくさんの紙に囲まれながら、日々いろいろなものを描いて、物語の種を探しているのです
「ネズミの冒険」シリーズを出版したトーベンさんは、講演会があると「なぜ主人公をネズミにしたのですか?」と聞かれることが多いのだそうです。
そのたびに、
私が最初にイメージしていたおはなしのアイデアが、ネズミがコウモリに会って、自分もコウモリのように空を飛びたいと思う話だったから、ネズミ以外の主人公は考えられませんでした。
と答えると言います。 さらに、ドイツ語では「ネズミ」を「Maus」、「コウモリ」を「Fledermaus」と言い、つまり「空飛ぶネズミ」の意味になるという言葉遊びがあるのだそう。トーベンさんにとって、空を飛びたいと夢見るネズミとコウモリは切っても切れない関係だったことがうかがえますね。
ネズミを主人公にするということは、いくつか良い点がありました。ネズミの小さい手は、物を食べるだけではなく、細かい作業をするにも適してるように見えます。そして、ネズミの光る黒い目は、かわいいだけではなく、とても賢く見えます。ネズミは、人間の暮らしのすぐそばにいて、チーズなどの食べ物や細かいものを人間からちょうだいする。だから、小さな機械を作るために、歯車などの小さなパーツをくすねても、おかしくない。むしろ物語と現実がうまく融合するんじゃないかって思ったわけです。
その後、「コウモリと出会って空を飛びたいとネズミが思う」そのきっかけだけでは、物語が完成されないとトーベンさんは考えました。もっとネズミが空を飛ぶことを切望するきっかけが必要だと思うようになったそうです。同時にトーベンさんは人間の航空の歴史も振り返る必要があると感じました。
調べていくと、19世紀末に「ハンググライダーの父」と呼ばれるオットー・リリエンタールが、ハンググライダーの原型となる滑空機を発明し、飛行実験を重ねていました。そして、なんとネズミの脅威となる「バネ式ネズミ捕り機」が発明されたのも同じく19世紀末という事実にたどり着きました。
この歴史上の事実に気づいた時、私の頭の中で「なぜネズミは空を飛びたいと思ったのか」という謎が解明されました。地面にはネズミ捕り機がそこら中にあって危険だったからです。この絵を見たら、ネズミがどれだけネズミ捕り機に脅威を感じていたか、言葉で表さなくてもお分かりになるかと思います。
トーベンさんは物語を作る時に筋書きをパズルのように組み合わせて考えていると言います。10年の間に作り上げた「ネズミの冒険」シリーズは、最初はどれも小さなアイデアのピースがあるだけでした。そのピースを一つずつ調べたり、理由を探ったり、発想の転換を行うなどしていくうちに次第にいろいろなピースが生まれ、隙間を埋めていき、おはなしとして完成が見えてきたのだそうです。
最新作『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』を生み出すための最初にピースはなんだったのでしょうか? それは、主人公をこれまでのネズミと変えることだったのだそうです。
今までの4作の主人公は、町に住むネズミでした。でも、5作目の主人公のネズミは、穴を掘る野ネズミにしようと思いました。人の暮らしの側で生活しているネズミならば、世界の情報を入手しやすく、人が使う道具をちょっと拝借して飛行機や宇宙船を作ろうとすることは、それほど難しくはないのですが、毎日毎日穴を掘って暮らしている野ネズミは、地上の世界のことにはまったく考えが及びません。
地下にしか興味のない野ネズミの中にたった1匹、世界はもっと広くて上に広がっているんだということに気づいたものがいたらどうなるのでしょう…。
例えば、その野ネズミがあの怖くて大きいネコよりももっと大きい「ライオン」という動物がいることを知って、見てみたいと思ったら…。
地下に暮らす小さな野ネズミが、アフリカに住むライオンを見るために空を飛び、世界一周をしたいと考える。トーベンさんがそのアイデアを考えた時、頭の中に自然とアメリア・エアハートが浮かんできました。
私は子どもの頃、飛行機の歴史に興味を持ち、パイロットについて調べたことがありました。その中にはもちろん、アメリア・エアハートの資料もありました。ただ、彼女が当時、どのような逆境の中で飛行機に乗っていたかは、今回の作品を作るまで詳しくは知りませんでした。
当時のパイロットの境遇と、アメリアが女性パイロットとして奮闘した姿を絵本の中でも野ネズミを通してしっかりと描いていきたいと思い、この物語を作ることを決めました。
おはなしを考えていく中で、トーベンさんにはもうひとつチャレンジしたいことがありました。それは、今までの物語の要素を少しずつ『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』に入れていくことでした。
例えば、『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』で主人公だったあのネズミが『アメリア』の中にも登場します。しかも、彼は当時よりもずっと年老いた姿で野ネズミの前に現れるのです。そして、「ネズミの冒険」シリーズを読んだ方なら、おなじみのワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館。なんとスミソニアン博物館と『リンドバーグ』の主人公のネズミの後日談が、この『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』では秘かに描かれるのです。
作品が発売されたときはひとつひとつ、個別に楽しんでいた絵本が、『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』を読むと、作品を通じてひとつの大きなつながりを感じる。そんな楽しみ方ができるのも、この「ネズミの冒険」シリーズが10年続いたことで生まれた魅力なのではないでしょうか。
「ネズミの冒険」シリーズの最大の魅力ともいえる緻密で繊細なタッチ。細かいところまで正確に描きこまれたあの絵がどのように描かれているのか、気になる方も多いと思います。
なんと「ネズミの冒険」シリーズの絵はすべて水彩絵の具で、一枚一枚トーベンさんが手描きされているというのです。
下の写真がトーベンさんが長年愛用している水彩絵の具のパレット。このようなパレットをトーベンさんはいくつも持っていて、旅行先にも必ず1つパレットを持っていくのだそうです。
絵を描くとき、トーベンさんは構図を大事にしていると言います。
下の2つのイラストは、『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』で野ネズミがアライグマと出会ったページです。トーベンさんはこの1場面がどうやったら印象的に描けるか、何度もラフを描き、構図を検討したそうです。
私はどういう構図で描いたら、読者が盛り上がってくれるか、皆さんに面白いって思ってもらえるかなと、考えながらどの本も描いています。
私は自分のことを「作家」や「イラストレーター」というよりも、映画制作の「カメラマン」や「映画監督」のようなものだと感じています。私にとって「絵本」と「映画」は別物ではなく、表現するという意味でどちらも共通項を持っていると思っています。
トーベンさんは「ネズミの冒険」シリーズの新作が出版されるたびにご自身でプロモーション動画を制作してきました。
その動画は、ご自身が「作家」よりも「映画監督」だと考える理由に納得できる、ショートフィルムのような満足感が得られる作品ばかりです。
みなさんもぜひ、プロモーション動画をご覧ください。
「ネズミの冒険」シリーズ10周年を記念して、トーベンさんは特別なポスターを作成しました。
そのイラストがこちら。
10周年のポスターが完成した時、ドイツやオーストリア、スイスにある多くの書店さんが、このポスターのように私の絵本を積み上げて、その上にそれぞれの主人公のネズミを乗せて、ショーウィンドウに飾ってくれました。そう、ポスターが目の前に再現されていたんです。
「ネズミの冒険」シリーズをお祝いする気持ちは、日本の書店さんももちろん負けていません。書店さんがどのくらい「ネズミの冒険」シリーズを応援しているか、ご紹介します。
もしかしたらあなたの町の近くの書店さんでも「ネズミの冒険」シリーズが素敵にディスプレイされているかもしれません。
ぜひ、書店さんに足を運んで、探してみてくださいね。
1時間半にわたるトークイベントは大拍手に包まれて無事に幕を閉じました。最後に、「ネズミの冒険」シリーズ5冊の日本語版制作に携わってきた、翻訳者の金原瑞人さんとブロンズ新社社長・編集長の若月眞知子さんが一言ずつ、トーベンさんとの出会いについて語りました。
2014年のことでした。私は、ボローニャの国際ブックフェアで「ネズミの冒険」シリーズの1作目『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』と出合ったんです。今では誰もが知っているトーベンさんのデビュー作ですが、その時はドイツ語版と英語版が並んで展示されていました。私はドイツ語は読めないので英語版を手に取って読んでみました。最初から絵の緻密さと、しっかりとしたストーリー展開に引き込まれていきました。そして、最後の一文を読んだとき、雷に打たれたような衝撃が走りました。本当にすごい本が出てきたと思い、すぐにこの作品の版権交渉をしたいとエージェントの方にお願いしたんです。その出版社ブースには担当者がいなかったので、会場内を探し歩いていたら、なんと向こうからトーベンさんが歩いてきてびっくり! 私は駆け寄って彼に「あなたは天才ね!」と声をかけたんです。その後、無事に担当者とお会いすることができ、日本での出版権を獲得。皆さんに5冊目の『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』をお届けするという光栄な機会をいただくことができました。
ぼくとトーベンさんとの出会いは、若月さんを通じてでした。10年前、『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』の翻訳依頼が若月さんからメールで来ました。僕はそのときに「かわいい絵本をぼくが訳すと絶対に売れないのでやめたほうがいいです」とお戻ししたんですね。そうしたら「かわいいのではなく、かっこいい作品なのでぜひ」って返事が返ってきて。それならとお受けしたのですが、原書をお送りいただいて、絵の緻密さにまずびっくりしました。
それで、ぜひやらせてほしいと翻訳に取り掛かったのですが、訳しはじめてさらにびっくりしたのが、トーベンさんの物語構成力、文章のすばらしさでした。この画力で、これほどファンタスティックな作品をこれだけリアルな描写と文章で表現できるのか…と。
絵本の翻訳というのは実はかなり自由度が高くて、原文に忠実に訳す必要は必ずしもないという風潮があります。実際、「ネズミの冒険」シリーズの英語版を見ると、結構原書と違う表現をしている箇所が見られるんですね。でも、ぼくはトーベンさんの文章そのものがすばらしいと思ったので、日本語版はできる限り原書の表現に忠実に書いています。
さて、10年かけて5冊が出版された「ネズミの冒険」シリーズですが、ぼくはもう次の作品が読みたくて仕方がありません。トーベンさん、次の作品はいつ頃出来上がる予定ですか?
ちょうど夏に向けて「ネズミの冒険」シリーズとは違う作品を描いているので、6冊目はその後になると思います。
2年後か3年後か、出版されたらまた日本に来たいと思いますので、応援をどうぞよろしくお願いします。
2025年秋、小さな絵本美術館八ヶ岳館にて、トーベン・クールマンさんの原画展開催が決まりました。
会期中にはトーベン・クールマンさんの講演会も! 皆さんぜひ、足をお運びください。
【会期】2025年9月13日(土)〜11月30日(日)
【場所】八ヶ岳小さな絵本美術館
〒391-0115 長野県諏訪郡原村原山
※10月18日〜19日の絵本セミナーにて、トーベン・クールマンさん登壇予定!
「ネズミの冒険」シリーズ10周年のお祝いはまだまだ続きそうですね。
皆さん、続報を楽しみにお待ちください。
1982年、ドイツ生まれ。イラストレーター、絵本作家。幼い頃から絵を描くことが好きで、おもしろいものを発明したり、機械や蒸気機関車、飛行機についてのさまざまな歴史に夢中になる。デビュー作『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』(ブロンズ新社)は、2014年の発売と同時に20の言語に翻訳された。