むしたちのおんがくかい
- 作:
- 得田 之久
- 絵:
- 久住 卓也
インタビュー
2025.10.15
厳しい暑さもようやく落ち着き、秋の風が心地よく感じられるようになりました。耳をすませば、どこからともなく虫の音が聞こえてきます。そんな季節にぴったりなのが、『むしたちのおんがくかい』(童心社)をはじめとする、得田之久さんの「むしたち」シリーズ。虫たちが音楽会を開いたり、運動会を楽しんだり――小さな世界で繰り広げられるユーモラスな物語が、子どもたちの心をくすぐります。朝日新聞社の本の情報サイト「好書好日」より、作者・得田さんのインタビューを紹介します。(インタビュー:日下淳子、写真:木村雅章)
この人にインタビューしました
1940年横浜生まれ。昆虫をテーマにした絵本を多く手掛ける。主な絵本に、「こんちゅうの一生」シリーズ(福音館書店)、『ぼく、だんごむし』(絵:たかはしきよし/福音館書店)、『むしたちのさくせん』(作:宮武頼夫/福音館書店)、『むしたちのうんどうかい』(絵:久住卓也/童心社)、『くろねこさん しろねこさん』(絵:和歌山静子/童心社)、「ばななせんせい」シリーズ(絵:やましたこうへい/童心社)、『きょう、おともだちができたの』(絵:種村有希子/童心社)などがある。
――「むしたち」シリーズの物語が生まれる過程には、得田さんの子どもの頃の自然体験が大きく影響しているそうですね。
ぼくは小さい頃、本当に野生児でした。小川で魚を捕まえたり、野原でギンヤンマを捕まえたり。よく追いかけている途中に、肥溜めに落っこたりしましたよ。あれは洗っても洗っても匂いが取れなくてね(笑)。ぼくらの頃は、外で遊ぶ子は小5、小6の子がボスになって、下は幼稚園生まで、集団で遊んでいました。小さな川をせき止めて、干上がった川から魚をどれだけ取れるかに挑戦したり、お稲荷さんの下に3畳ぐらいの穴を掘って、大人でもわからないように入り口を隠して、秘密基地を作ったりしていましたね。
そんなふうに、子どもの頃、外で遊んでばっかりいたので、その楽しかった遊びの中からおもしろい本が出せないかなと考えました。それで、虫を思いついたんです。虫って身近にいる、最後の野生動物でしょう。その野生に惹かれて、書き始めたんですよ。
実はね、『むしたちのおんがくかい』は、都会の騒音や工事現場が邪魔をして、虫たちが安心して音楽会のできる場所が見つからないというストーリーなんですが、自然保護をテーマにした本として書評などで取り上げられることが多くて、それがちょっと悔しいんです。ぼくは絵本の中にメッセージを入れたり、テーマを露骨に出したりする本って好きじゃなくてね。基本的に子どもに楽しませたいって気持ちのほうが強いですからね。純粋に、虫の世界を楽しんでくれればそれでいいと思っています。
――『むしたちのおんがくかい』や『むしたちのうんどうかい』では、虫の鳴き声や特性もわかるような描写もありますね。危ないところでダンゴムシが丸くなったり、ケラが地面にもぐったり。コロギスのようなあまりメジャーでない昆虫も出てきます。
コロギスって知らないから、なんだろうって調べるでしょう? それが作戦です! こういう絵本を通して、虫に興味を持ってくれたり、虫好きが増えたりしたらいいなと思っています。実は日本のように虫好きが多い国は、世界でも珍しいんですよ。ヨーロッパでは虫なんて毛嫌いされがちです。世界各国で翻訳されている『ファーブル昆虫記』も、一番売れているのは日本なんだそうです。でもいまは、日本でも虫嫌いの人がどんどん増えてきて、ちょっと残念ですね。
――「むしたち」シリーズでは、得田さんは文章だけを担当されています。何か理由があったのでしょうか。
ぼくはそれまで昆虫を、科学絵本として真面目に描いていたんだけど、自分の中の別の部分が我慢できなくなって、この絵本ではユーモラスにやりたいと思いました。何か違う形でやろうと思って、ぼくは文章だけにして、他の人に絵を描いてもらう方法にしたんです。
絵を描いてくれた久住卓也さんは、虫の特徴をとらえるのが本当に上手でね。虫をお腹側から描くのって難しいんですよ。それをうまく描いてくれて、本当に感心しました。バッタが「かまきりさん。あっちへいってよ」というようなセリフは、いままでの真面目な科学絵本では描けなかったところなんです。そういう世界観じゃなかったから。でもこの絵だったらできるかなって。そしたら、それがおもしろいって評判よくてね。もっといろんなセリフを書いてみたかったです。
――読者からの反響で印象に残っていることはありますか。
『むしたちのおんがくかい』を読んだ方から、印象的な手紙をもらったことがありました。重い病気で入院している生後9カ月のお子さんが、この本が好きで、あるページにくると必ず笑ってくれたという内容だったんです。だから親子ともども心のよりどころになる一冊になったと聞いて、とても嬉しかったですね。
また、別の自閉症のお子さんの親御さんからも手紙をもらいました。ぼくの絵本を読んでから、物に対して関心がわっと湧いてきて、その後小学校の理科の大会で優勝したという話を聞いた時も嬉しかったですね。本当に作家冥利につきます。いまでもその手紙は大事に取ってあるんです。探究心を掘り下げるのが得意だったり、何かに精通していたりするタイプの子は、すごい人になるんじゃないかって期待しています。学者なんて本当はオタクの極みですから(笑)。養老孟司さんとか福岡伸一さんとか、けっこう昆虫少年から学問を極めた人って多いんですよ。
――得田さんにとって絵本作りとは?
絵本を作るのは、いまも楽しくてしょうがないです。書きたいものがいっぱい出てきます。子ども向けの絵本って、ある年齢までは、無理に子どもに戻っていかないと、難しくて作ることができないんです。ところが、この年になると、ひょこひょこと頭に浮かぶんですよね。ある哲学者が、赤ん坊と老人は紙一重だって言っていましたが、そうかもしれないって思います。これからも、子どもに喜ばれるような、ますます楽しいものを書いていきたいですね。
「むしたち」シリーズは、現在6冊刊行中!
この書籍を作った人
1940年横浜生まれ。昆虫をテーマにした絵本を多く手掛ける。主な絵本に、「こんちゅうの一生」シリーズ(福音館書店)、『ぼく、だんごむし』(絵:たかはしきよし/福音館書店)、『むしたちのさくせん』(作:宮武頼夫/福音館書店)、『むしたちのうんどうかい』(絵:久住卓也/童心社)、『くろねこさん しろねこさん』(絵:和歌山静子/童心社)、「ばななせんせい」シリーズ(絵:やましたこうへい/童心社)、『きょう、おともだちができたの』(絵:種村有希子/童心社)などがある。