●楽しみながら眠りに入ってほしい! 我が子に実践した寝かしつけメソッドをまとめました。
───『バクのほんやさん』は、夜、お子さんがなかなか寝ないご家庭にとって、助っ人のような作品。たきせさんの本職はパズル作家さんということですが、今回のおはなしはどのようなきっかけで生まれたのですか?
私が普段お世話になっているパズル雑誌の編集プロダクションの方から、お声がけいただいたのがきっかけです。私の本職はパズル作家ですが、元々おはなしを作るのが好きで、パズル雑誌に掲載しているパズルの冒頭にオリジナルのおはなしを載せることも多いんです。
───日ごろから、物語を作ることをしていたのですね。
それと、私には小学校6年生と2年生の娘が2人いるのですが、子どもが小さいころ、自作のおはなしを寝る前に話して、寝かしつけをしていたんです。その中で、子どもがどういうおはなしを楽しむのか、どのポイントで笑うのか、そしてどういう話し方をすると眠ってくれるのかを体験することができました。
───たきせさんの娘さんは、すぐに眠ってくれるお子さんだったのですか?
小さい頃は、なかなか眠ってくれなくて、とても頭を悩ませていました。最近まで下の娘は私のおはなしを聞いてから眠っていたのですが、『バクのほんやさん』ができてからは、本についているCDを聴かせれば、すぐに眠ってくれるので、ずいぶん楽になりました。
───『バクのほんやさん』では、最初に睡眠とストレスの関係や、ストレスなく眠れる「魔法のテクニック」が紹介されています。この解説は、たきせさんの発案でしょうか?
私だけでなく、編集プロダクションの方や出版社の方にもアイディアをいただいています。ただ、私はずいぶん前から、認知科学(※)に興味を持っていて、寝かしつけのプロセスも認知科学の中の心理学的な手法を用いることで、うまくいくのではないかと思っていました。実際、我が子の寝かしつけにも同じプロセスを用いて成功していました。なので、冒頭はそのプロセスがより分かりやすく読者の方に伝わるように、「魔法のテクニック」として紹介させていただきました。
※ 心理学、人工知能、言語学、脳神経科学、哲学、社会学などさまざまなジャンルから、知的システムと知能の性質を理解しようとする研究分野。
───眠りのプロセスや、質の良い眠りを得るためにはストレスを取りのぞいた方が良いというエピソードがとても分かりやすくて、「魔法のテクニック」も実践してみたくなりますね。
「魔法のテクニック」の中で私が一番伝えたかったのは、「笑いでストレスを取り除く」ということです。私も経験があるのですが、夜に子どもを寝かしつけるのって、親にとっては本当に大仕事。それだけでストレスが溜まってしまいます。親がストレスを感じていると、子どもにも伝わってしまいますよね。そうすると大人も子どもも更に眠れなくなってしまう……。本当は親も子どもも楽しい気分で一日を終わらせたいはずなのに、これではいつまでたっても悪循環です。なので、夜眠るとき、親子で笑いあって眠ってほしい。その手助けをこの本でできたらいいなと思ったのが、そもそものはじまりなんです。
───たしかに、本に収められている3つのおはなしには、クスッと笑える要素が随所に散りばめられていますね。ストーリーは実際にたきせさんがお子さんの寝かしつけに使ったおはなしを掲載しているのでしょうか?
おはなしはすべて、『バクのほんやさん』オリジナルです。最初は昔話をベースにしたパロディを考えていました。
───それはなぜですか?
子どもたちにもなじみ深い昔話は笑いに結び付けるのにとても有効な素材なんです。既定のおはなしからちょっと崩すだけで、子どもたちはワッと盛り上がります。しかし、内容を固めていく中で、編集プロダクションの方から、子どもが昔話も知らないくらい小さい場合、おはなしのギャップで笑ってもらうことは難しいだろうと言われたんです。それで、納得してオリジナルのストーリーを一から考えることにしました。
───それが、「マッチョ売りのお姉さん」と「名探偵オシーリ」「ライオンのパンツ」の3作なのですね。タイトルからすでに、おかしな要素が散りばめられていると思いました。おはなしを書く時間はたくさんあったのですか?
それが、とてもスケジュールが限られていたので、2週間くらいで、3つのおはなしを書いたんです。
───通常のパズル作家としてのお仕事もこなしながら、2週間で3つのおはなしを作るなんて、とても大変そうです。
おはなしを作ることは好きでしたので、特に苦労はありませんでした。ただ、この本は親御さんたちがお子さんを寝かしつけるために効果的な読み方をしていただくことが重要なので、特にゆっくりと眠りを誘うように読んでいただきたいところは、あえて太字にしたり、色を変えてみたりと、デザインの部分で工夫することが多かったですね。
───本の中も、カラフルな色を多用するのではなく、落ち着いた雰囲気になるよう考えられていますね。
あまり華やかにしてしまうと、おはなしの中よりもページに注目してしまい、眠りから遠ざかってしまうので、そこは落ち着いた印象になるように気をつけました。
───ひとつめのおはなし「マッチョ売りのお姉さん」は、タヌキのタヌ吉が主人公のおはなし。タヌ吉がパンツから取り出した、ピエロのお面の鼻を押して、おならのような音を出して遊ぶところや、パジャマ姿の子どもが出てきて、騒ぐところなど最初の場面がとてもバタバタとにぎやかで、読んでいてとても楽しめました。
最初のところでは、親子で一緒に「ぷっぷっぷっ」と音を出して、遊んでいただきたいですね。そうすると、楽しく、盛り上がりますよね。
───そのあと、パジャマ姿の子どもを寝かすためにベッドに運ぼうとするタヌ吉。でも、子どもたちがだんだん重くなって、動けなくなります。そこへ出てくるのは題名にもなっている「マッチョ売りのお姉さん」。「マッチョ売りって何?」と最初は思うのですが、文字通り、マッチョな男性が出てきて、タヌ吉たちをベッドへ運んでくれます。
おはなしの作り方としては、前半に笑える展開を持ってきて、楽しんでもらい、その後ゆっくりと眠りの世界に誘ってあげるように常に考えています。マッチョ売りのお姉さんが話すところで、お子さんたちもタヌ吉と同じように段々と眠りにつくことができると思います。
───「ゆっくりゆっくり……。」「一歩ずつ一歩ずつ……。」と同じフレーズを繰り返すことも、少しずつ眠くなってくるテクニックのひとつだと思いました。
そうですね。そして、3つのおはなしに共通して登場する「深い眠り、もっと深い眠り、もっともっと深い眠り……」というフレーズ。『バクのほんやさん』を何度も読んでいただくことで、このフレーズを聞いただけで、体や脳が、眠りに入る準備をするように、最も効果的な場面でこのフレーズを使っています。
───言葉ひとつひとつが、心地よい眠りに入れるように考えられているのですね。2つ目のおはなしは「名探偵オシーリ」。お尻を100回フリフリすると、どんな難事件も解決してしまう、とってもインパクトの強いキャラクターが主人公のおはなし。いなくなってしまったペットのカメ吉を探してほしいという依頼を受けた、オシーリが活躍します。おしりを100回フリフリするという展開は、子どもが大好きですよね。
「名探偵オシーリ」の中で、一番笑ってほしいと思って書いた場面ですね。イラストも、何度か修正をお願いして、今のような元気にお尻を突き出して、フリフリしている場面を描いてもらいました。
───「フリフリフリー」と親子で一緒に声に出して読んだら、きっと盛り上がりますよね。お尻を振ることで、ひらめいたオシーリはカメ吉くんのふるさとにやってきます。実は、カメ吉くんは飼い主であるペロくんとケンカをしてしまい、故郷へ帰ってきていたことが分かります。眠りに誘うだけではなく、友だちの大切さも感じることのできるおはなしですね。
友だちとのケンカって、子どもなら日常的にある出来事だと思います。「今日、●●ちゃんとケンカしちゃったなぁ」ってモヤモヤしていたり。そんなとき、このおはなしを聞いて、直接的に反省するのではないけれど、「明日、ちゃんと仲直りしよう」と何となく感じてもらえるのも良いかなと思いました。積極的に、道徳や教育的な要素を入れることはしていないのですが、眠るときにちょっとその日あったことを振り返って、次の日を明るい気持ちで迎えられるように、おはなしの作り方を工夫しました。
───そして3作目が「ライオンのパンツ」というおはなし。パンツが好きなライオンのガオ吉が、自分の体の色とそっくりな黄色いパンツをはくことで巻き起こる、ドタバタコメディ。3つのおはなしの中で、一番おはなしに勢いがあるように思いました。
実は、私が一番、寝かしつけに効果を発揮しそうだと思っているおはなしがこの「ライオンのパンツ」なんです。
───それはなぜですか?
まず、眠りに誘うときに、一度で一気に誘導するのではなく、二度三度とおはなしに緩急をつけて、徐々に眠りに誘導していくのが効果的なんです。「ライオンのパンツ」では、パンツを履いていないと思われたガオ吉が、動物たちに驚かれて逃げ出すのが1回目の盛り上がり。その後、気球に乗って空へ上がっていくことで落ち着いて眠りかけ、鬼と出会って、パンツの交換をするのが2回目の盛り上がりです。1回目と2回目の間で眠りかけたお子さんが一度覚醒してしまっても、そこには眠りへ入ろうとする癖が作られているんです。この癖がより深く眠らせる時に効果的で、次の睡眠への誘導の際に短時間で眠りに入ることができます。この眠りは二度寝のときと同じような感じで、気持ち良さも格段に上がるんです。
───気球に乗るところで、一度目の眠りのタイミングが来て、鬼に出会うことで一度覚醒して、その後さらに深い眠りに誘われる……。二度寝を疑似的に体験しているんですね。
この構造は「ライオンのパンツ」にだけ入れているので、どうしても眠ってくれないお子さんの場合は、「ライオンのパンツ」を聴いてていただくのが最も有効だと思います。