「0歳のあかちゃん」だって絵本は楽しめるというけれど、それって本当なのでしょうか。読み聞かせていても反応が少なかったり、絵本の方を見てくれなかったりすると、なんだか不安になってしまうお母さん方もきっと多いはず。あかちゃんが反応する絵本って、どんな絵本なのでしょう。
「あかちゃんがよろこぶ しかけえほん」という、あかちゃん向けのしかけ絵本シリーズが、2016年の発売からシリーズで累計30万部を突破するヒットとなっているという話を聞きました。どうやらこのしかけ絵本をあかちゃんがすごく喜ぶらしいのです。でも、どうしてなのか、理由が知りたい!
「あかちゃんがよろこぶ」ってどういうことなのか、例えば科学の視点で、その人気の理由を探ってみたら……?
そこで、あかちゃんの視覚を通した脳の発達を研究されている、中央大学文学部心理学研究室教授/日本赤ちゃん学会事務局長の山口真美先生の研究室にお邪魔して、シリーズの作者である絵本作家・ひらぎみつえさんと一緒にお話を伺ってみることになりました。あかちゃん絵本の選び方が見えてくる、目からウロコのインタビューです!
●あかちゃんは、あれもこれも見えていない?!
───あかちゃんのための絵本はたくさんありますが、あかちゃんからの絵本の見え方については、すごく興味があっても、実際わからないことだらけだったりします。
今日はいろいろな絵本を持ってきたのですが、0歳のあかちゃんの目からは、いったいどう見えているのでしょうか?
山口:(絵本ナビが持参した絵本を何冊か見て)うーん、このへんは、6ヶ月以下のあかちゃんでは全然見えていないですね。
───えっ?!
山口:視力が発達する前のあかちゃんでは、はっきりした線・コントラストがないと見えません。だから、輪郭線がない、淡い色合いの絵は見えないんです。カラフルで、太いしま模様やはっきりしたアウトラインがたくさんある絵本は、好きだと思います。
───あかちゃんの視力が、ぼやーっとしているというのは何となく知っていたつもりでしたが、そんなに見えていないんですね……。
山口:新生児はとても視力が弱くて0.01程度です。6ヶ月のあかちゃんでも視力が0.2とか0.3くらい。6〜8ヶ月までに劇的に発達しますが、1歳以下ではまだまだ脳の視覚野は未分化の状態です。見えるかみえないかぎりぎりの刺激を受けて視力が発達していく時期なので、はっきりした色、キラキラしたもの、境界、抽象的な形や、ぎゅっと縮んだり、パッと広がったりする動きなど、訳が分からないけれど、そういうのが面白いのです。あとは、「顔」は早い段階から見ることができます。
───顔はどれくらいから分かるようになるのですか?
山口:こちらを向いている顔で目が開いているか閉じているかは、新生児から分かります。視線の方向の違い、自分と目が合っているか横を向いているのかが分かるのが大体4ヶ月くらい。怒ったり微笑んだりといった表情の違いがわかるのが7ヶ月頃、お母さんが困っているのか、楽しんでいるのかという状況にあわせて自分も動こうとするのが10ヶ月くらいです。
───親としてはすごく小さいあかちゃんの頃からコミュニケーションを期待してしまうものですが、1歳までのあかちゃんは、思ったより、大人と違う世界にいるんですね。同じ絵本でも0歳ではあまり反応がなかったものを、1歳になって楽しめるようになることがあるのは、視覚的な発達の問題だったと思うと納得がいきます。
山口:あかちゃんは、現代アートのように世界を感覚ベースで楽しんでいるから、親もその感覚の世界を一緒に遊んで楽しむのが、1歳以下の絵本だと思います。感覚の捉え方も発達によって変化していき大人と違い自由なので、大人はむしろ、その変化を楽しむことができると思います。そこから脱却して、だんだんストーリー性のある絵本を理解していくのは2歳以降です。
───「あかちゃんがよろこぶしかけえほん」シリーズはあかちゃんにとても人気があるのですが、まず、この『お? かお!』は、顔がテーマで、0歳からはっきり分かるテーマですね。
山口:これは面白いですね! あかちゃんは顔が大好きですし、この絵本はすべて正面の顔で、目がふたつ、鼻と口がひとつずつ。生まれたばかりの新生児でも最初に認識する、顔の鋳型になっているので、わかりやすいです。0歳から楽しめると思います。
───実際に7ヶ月のあかちゃんが、表紙の絵にすごく反応して、目玉を追いかけたり、触ろうとしたりしていました。
ひらぎ:この絵本は、ページの中に顔の輪郭や髪の毛をあえて描かずに、ページ全体を顔にしています。
これ自体を何か生き物として見てもいいし、物として遊んでもいいかなと思って。あかちゃんが、絵本じゃなくても友だちだとか、おもちゃだとかみたいに感じてくれたらおもしろいなという意図がありました。
───「顔」が、ぬいぐるみやキャラクターみたいな存在にもなるんですね。
山口:あかちゃんは、顔があるとすぐ注目します。画面の顔も好きだし、顔っぽいものも大好き。お母さんの顔なのか違う人の顔なのか区別しないで見ている時期もあるかもしれないです。
また、生まれたばかりのあかちゃんは目の開いた顔には注目して、目を閉じていると顔とすらわからないので、目が開いたり閉じたりというしかけは、大人よりもずっと驚きのしかけになって、ずっと面白いと思います。新生児でも、はっきりした目の「ある」「なし」に反応するのですね。
───しかけで顔が動くと、あかちゃんはすごく注目しますね。
ひらぎ:娘があかちゃんの頃、テレビで手話ニュースをすごく注目して見ていたんです。にこにこしながら見ていて。どうしてだろうと考えたんですけど、もしかして手話ニュースに出てくる人の表情がよく動いて豊かだからかな、そういう顔の動きが好きなのかなと思ったことがありました。
山口:顔の動きにも注目するし、変な顔も面白いと感じます。いないいないばあをするときも変な顔をしますよね。小さなあかちゃんは大人と違ってほほ笑んだ顔が好きというわけではなくて、見たこともない表情の方が好き。だから表情がわかるようになる前でも、変な顔って、「見たことがない顔」として注目して見るんです。
───いろんな顔があって、それが動く。『お?かお!』は、あかちゃんの好きな要素が詰まっているんですね。 もともと、ひらぎさんは顔の絵本を作ろうと思って『お?かお!』を作られたのですか?
ひらぎ:はじめから顔の絵本を!と思っていたわけではなくて、小さい子が楽しめるしかけ絵本を作ろうとしたのが最初です。どうやったらしかけの動きを面白く活かせるか悩みに悩んで、しかけのサンプルをカシャカシャ無心に動かす日々が続きました。かなり怪しい様子だったと思います(笑)。するとある時、しかけが笑っている顔に見える瞬間があったんです。「これだ!」と。そこから発想しました。
───表紙にしかけがあって目が動くのも、とても目立ちますよね。ヒットする予感はありましたか?
ひらぎ:「顔をいじくって遊ぼう!」というテーマのあかちゃん絵本は見たことがなかったので、初めは受け入れてもらえるか不安でした。『お?かお!』に、こんなに反響があるとは思っていませんでした。やっぱり、「顔」にあかちゃんが注目することに何となく気づいたお父さんお母さんたちが、手に取ってくれたのかなと思います。
※ 次のページでは、シリーズからピックアップして、『お?かお!』以外の巻をご紹介します!