●絵本で表現したかったこと
───町から「くらやみ」が押しだされ、再び光がもどったあと、ピッグは、フォックスからうばった絵を広げます。よく見ると、そこには、自分だけでなく、クレヨンだらけのフォックスと「よごれんぼなかま」の文字が、一緒に描かれていました。
思わず町へ飛びだすピッグ。向こうからはフォックスが走ってきます。最後は、笑顔にあふれた幸せな読後感でした。
これは、ピッグの物語であると同時に、ピッグとフォックスの物語でもあります。だから、絵本では、ふたりの場面をできるだけ大事にしました。とくにフォーカスしたかったのは、フォックスの登場によって、ピッグに起こった感情的な変化です。ふたりで絵を描くところや、ラストシーンの絵は、絵本のために新しく生まれたいい場面になったと、自分としてもうれしく思っています。
●孤独な少年ピッグは自分
───堤さんは18歳で渡米してアートを学び、その後アート・ディレクターとしてのキャリアを積みましたが、子どもの頃に読んだ日本の絵本で、印象に残っている作品はありますか?
僕の両親はふたりとも本を書く人だったので、家には本がたくさんあって、絵本もよく読んでもらいました。その後、父と母は離婚して、母はひとりで僕と姉を育ててくれました。そのせいか、小さいときの僕は内気で、内にこもるタイプだったと思います。
子どものときに読んだ本で、『おしいれのぼうけん』(童心社)はとても印象的でした。ちょっと乱暴な男の子と、泣き虫の男の子、ふたりの主人公がお昼寝のときに先生にしかられて、おしいれに閉じこめられます。暗闇の中で出会う「ねずみばあさん」に、ふたりで力をあわせて立ち向かうのですが、その姿に自分を重ねました。僕も周囲に大人があまりいない状態が多かったので、「ひとりでどうやって生きていくか」といったことを、ずっと考えながら育ってきたように思います。
『おしいれのぼうけん』も『ダム・キーパー』も、子どもながらにがんばらなきゃいけない状況が、共通していますよね。孤独な子に、共感する気持ちがあるのかもしれないなと思います。
僕たちの会社の名前「トンコハウス」は、トン(豚)とコ(狐)、僕とロバートの原点である『ダム・キーパー』の、ふたりの主人公からとった名前です。見た目では、僕はフォックスだと言われることが多いのですが、性格的には、どちらかというとピッグなんですよね(笑)。
───ピッグの孤独と友情の物語を、どんなふうに読んでもらいたいですか?
短編映画ができたとき、アメリカの小学校で、10歳くらいの子どもたちに向けて上映会をしたことがありました。そのとき、映画を見終わった子たちが、すぐに「なぜピッグはいじめられるのか」「あのときはどんな気持ちだったのか」と議論をはじめて、僕とロバートは、驚いたと同時に、とてもうれしく思いました。 絵本も同じで、読者がこの物語を読んで、ピッグの気持ちを想像したり、疑問を感じたり、それによってみんなと会話が生まれたりしたら、それがいちばんうれしいです。
───逆に、映画と絵本の違いは?
絵本は、映画と違って、読む人のペースで作品を味わうことができるのがいいなと思います。僕の息子も、1つのページをずっと眺めていたり、途中で前のページにもどったりして読んでいます。
ちなみに、僕が最後まで迷っていた本文の書体を、3つの候補の中から「これがいい!」と選んでくれたのは、息子なんですよ。書体を選ぶというのも、絵本ならではの作業でした。
この絵本では、ほかにも、小さな子が絵にちゃんと入りこめるように、キャラクターたちの輪郭をはっきりさせたり、ページの中に白い部分を増やしたりと、映画とは違ういろいろな試みをしています。
また、見返しの町の絵を描いたのはロバートですが、3歳の娘さんと話しあいながら、町の中に隠れキャラを描きこんでいったそうです。まん中あたりにフォックスがいて、ダムの上のピッグに向かって手をふっていますが、これは物語には出てこないシーンです。親子で、あるいは友だちと、中面の絵と見比べながら楽しんでもらえたらいいなと思います。
───できあがった絵本を見て、いかがでしたか?
本当にていねいに作られた「宝物」のような感じがありました。紙の手ざわりとか、印刷の美しさとか、ロバートと「やっぱり日本のもの作りへのこだわりは違う」と、唸ってしまいました(笑)。
帯には、尊敬する糸井重里さんからコピーをいただくことができてうれしかったです。僕は絵描きで、文章は得意でないのですが、糸井さんの言葉の使い方は、絵を描くときも参考にしているんです。相手を引きこむ柔らかさと思いやりの中に、強い芯がある。これは、文章でも絵でもなかなかできないことだと思っています。
『ダム・キーパー』は、ピッグのような状況下にある子どもの心を、僕たちなりにできるだけ誠実に描いた物語です。「トンコハウス」としてはじめて作った絵本『ダム・キーパー』が、この絵本にかかわった人たちの思い、作品にこめた思いとともに、みなさんの手に届くよう願っています。
提供:株式会社KADOKAWA 文芸局
https://kadobun.jp/interview/166/f0a2752f
●インタビューを終えて
今回はアメリカにいらっしゃる堤大介さんへ、ビデオ通話でのインタビューとなりました。
堤さんは、世界的な映像制作会社、ピクサー・アニメーション・スタジオで、映画『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』で照明デザイン分野の美術監督をされていました。その世界でトップのアーティストでいらっしゃる堤さんが、“絵本制作は初めて”と謙遜されつつも、絵本への愛着やこだわりをたくさん語ってくださったインタビューでした。
好きな絵本作家の話になったとき、酒井駒子さん、ヨシタケシンスケさんのお名前が挙がったことは本文でも触れましたが、そのほかにも、「ジョン・クラッセンの絵本は、彼がまだ新人の頃から大好きでした。オーストラリアの作家、ショーン・タンや、フランスの絵本作家のレベッカ・ドートゥルメールも好きです」と教えてくれました。レベッカ・ドートゥルメールさんには「スケッチ・トラベル」(*)の1ページ目を描いてもらっているそうです。(*スケッチトラベル: 1冊のスケッチブックに世界中のアーティストからイラストを描いてもらい、世界で唯一の貴重な本をつくるプロジェクト。宮崎駿氏も参加している。堤さんは発案者の1人)
絵本『ダム・キーパー』では、堤大介さんがこれまで映像の世界で駆使してきた、あふれるような光と影のコントラストの美しさを、“絵本”という違った形で、両手の中であざやかに味わうことができます。インタビューの最後に、またこのチームで絵本を作ってみたい、とおっしゃっていたことが印象的でした。これからも、日米を拠点に多彩な活動を続ける堤さん、そして「トンコハウス」の作品から目が離せません!
*2019年4月27日〜5月26日「トンコハウス映画祭」が開催されます! 短編『ダム・キーパー』や『ピッグ 丘の上のダム・キーパー』も上映されます。詳しくは下記をご覧下さい。
https://tonkohousefilmfestival.com/
