●「村上さんはヤマメの話になると目が輝く」と言われて生まれた『ピンク、ぺっこん』
───最初に『ピンク、ぺっこん』のお話を伺いたいのですが、まず魚に対して全くの素人なので、「ヤマメってなに?」というところから入るのですが…。
ヤマメは僕の地元では「アマゴ」って言っていたけど、サケ科の魚で、全長20〜30cmくらいで清流にしか住めない魚。成長過程で海に下ると、40〜50cm程に成長してサクラマスという名前に変わって、遡上します。僕は小学校3年生のとき、親父に連れられて行った付知川で初めて出会って以来、ずっと虜になっている魚なんだ。でも、絵本ではそういう説明、一切してないね(笑)。
───そうなんです。絵本の中では、ヤマメの説明はほとんどなくて。それでも、読んでいくうちに、自然を直に体験しているようなドキッとした感覚になって、すごく惹かれました。魚の中でもヤマメを主人公にした絵本というのは当時でも珍しかったのではないでしょうか?
僕は浪人時代に絵本との衝撃的な出会いがあって、大学を中退して絵本の道を目指したんだけど、時間を見つけては多摩川の上流に釣りに出かけていた。自分はどんな作品を作りたいのか、全然わからなかったんだよね。その当時は予備校の同期でもあった長谷川集平が『はせがわくんきらいや』(作・絵;長谷川集平、出版社:復刊ドットコム)を出版したり、長新太さんや田島征三さんらが独自の絵本の世界をつぎつぎと表現されていて、僕もダミーを作ってみるものの、結局は誰かの真似をしたような作品しか出来上がらなくて、出版に至らなかった。そんなとき、編集者と話をしていて言われたんだよね「村上さんはヤマメの話をすると途端に目が輝くね。ヤマメで絵本を描いたら?」って。
───それまでは、ヤマメを主人公にして話を描こうとは思わなかったんですね。
全然思ったことがなくて、まさに目から鱗だった(笑)。そのアドバイスを素直に聞いて、ヤマメを主人公に作ってみたのがデビュー作になった『ピンク、ぺっこん』。この1冊を描いたとき、今までの悩みがすべて解決してしまったみたいにすっきりしたんだ。
───「ヤマメのピンク」シリーズは、横長の大きさがとても雰囲気を出していると思うのですが、はじめから横長の絵本を作ろうと思っていたんですか?
これは歌舞伎の舞台をイメージしているんだ。正確には、書き割り(芝居の大道具、背景のこと)なんだけど。大学時代に初めて歌舞伎を観に行ってすごくショックを受けた。この華やかさはなんだ!? デザインセンスもすごいし、衣装のコントラストもすごい!何より書き割りのデフォルメがすごかった。それが強烈に焼き付いていて、『ピンク、ぺっこん』を描くときに、あえてお芝居の世界のようにパノラマで見えるようにしたの。川の流れもパノラマで描いた方が分かりやすかったし、僕自身がヤマメと出会って感じた、自然に対する喜びも合わせて伝えたいと思ったら、この形しかなかったんだよね。
───絵本の中で、ピンクが食べようとしていたエサをイワナのおじさんに取られた…と思った次の瞬間にはおじさんがヤマセミに食べられて…と、目まぐるしく変わる展開が非常にドラマチックに感じました。でも、同時に自然の中ではこのドラマチックなことも日常なんだなとも思ったんです。
───先ほど、歌舞伎の書き割りと言ってましたが、村上さん自身がヤマメになったことがあるんじゃないかと思うほど、構図がダイナミックで、自然と絵本の世界に入り込んでピンクと同じ視点になっちゃうんですよね。
僕は小学3年生から水の中に潜ったり、海で泳いだりしているから、頭のてっぺんから足の先まで、全部が僕のスケッチブックなんだ。魚が泳ぐ様子は資料を見なくても体で描けるね。でも、実際に絵本を描く上では、絵本の為に絵を描くように構図を考えているんだよ。
───絵本の為に絵を描くとはどういうことですか?
絵本は、1冊32ページで内容を完成させることがゴールだから、本の形にしたダミーを作って実際にめくって、構図を確かめてみることが大事。めくる形でダミーを作ることが大事で、1枚の紙に32コマページを描いても分からないんですよ。
───そのやり方はデビュー作から一貫しているんですか?
そうだね。「ヤマメのピンク」シリーズは編集者と何度もバトルしながら作った作品。僕も編集者もお互い駆け出しで若かったから、喫茶店で2時間くらい黙りこくったまま、「描いて」「描けない」を繰り返したりして。でもそのうち、自分の描けるものだけで、絵本を描こうとしてもダメだということに気付いて、魅せるページを考えるようになったんだよ。