呪いをかけられたら最後、誰も逃れることはできないーー。
そう恐れられている年老いた魔女が、人里はなれた暗い森の中に住んでいました。
ある日、魔女の家のドアをたたいたのは、ひとりの娘。
「どうかここにおいてください。どんな仕事もしますから。」
その頃、王様の世継ぎが生まれないために激しい戦乱が続いていた国内には、捨てられた子どもたちがあふれていたのです。娘もその一人でした。
人ぎらいのため、娘の願いをそっけなく突っぱねる魔女。しかし相棒であるねずみのはからいで、しぶしぶと娘を家に入れ一緒に暮らすことになりました。
たきぎ集め、ニワトリの世話、畑しごと、重い水汲みは川と家とを一日に何往復も。たくさんの仕事にも文句ひとつ言わず、懸命に働く娘。それなのに魔女は変わらずそっけない態度で、彼女にねぎらいや感謝の言葉ひとつもかけません。それでも、娘は平気でした。
ある夜のこと。遅くなっても、娘が家に戻りません。
心配のあまり妖力を失いかけた魔女をよそに、帰ってくるなり、おいしそうな木イチゴを見つけたので全部とってきたのだと得意げな娘を、魔女は強く叱りつけます。そして語りかけました。
「いいかい。良いことの裏には、悪いこともくっついてくる。
ふたつはうらおもてにできているんだ。
良いことばかりを手にするわけにはいかないんだよ」
娘はべそをかきながらも、初めて胸があたたかくなるのを感じたのですーー。
魔女には、信じた人たちに裏切られ、誰にも心を許さないと決めた過去がありました。一方ひどい仕打ちばかりを受けて育ってきた娘は、人の優しさに触れたことがありませんでした。
それぞれに孤独を抱えたふたりがゆっくりと心を通わせていく時間は、暗い部屋に灯りがともるようにじんわりとあたたかく読者の胸を打ちます。
安東みきえさんが、独特の世界観で生きていく上で大切な道標を込めた物語。絵を担当したのは牧野千穂さん。モノトーンに差し色の赤のみというごく少ない色どりの繊細な鉛筆画は、私たちを物語世界の奥深くへと誘ってくれます。文章とイラストが見事に調和した本作、シックで洗練された装丁も魅力的です。
国王に待ちに待った王子が生まれ、町の人々は喜びの大騒ぎ。
その様子を目にした魔女は、明日はいよいよ仕事だと嬉しそうに、そして目を鋭く光らせて言うのです。
「魔女のしごとといえばそりゃ決まってるだろう。……王子に呪いをあたえるんだよ」
娘はぞっとしながらも、魔女に言われた通り「呪い」の準備を手伝うのですが……。
固唾をのんで見守りながらも、どこかで魔女を信じたいと思うのは魔女が「へそまがり」だから。そして、そばに娘がいるから。
ーー祈りも呪いも、うらおもてだよ
魔女の言葉をひもときながら、最後までじっくりとふたりの物語をたどってみてください。
(竹原雅子 絵本ナビライター)
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