『もとこども』、印象的なタイトルのこの絵本は、「やまんばのむすめ まゆのおはなし」シリーズ(福音館書店)や、「シノダ!」シリーズ(偕成社)、「妖怪一家九十九さん」シリーズ(理論社)など、児童書の作家として多くの物語を生み出されている富安陽子さんと、「ルラルさんのえほん」シリーズ(ポプラ社)や「ごきげんなすてご」シリーズ(徳間書店)などたくさんの絵本を創作されている絵本作家いとうひろしさんの初タッグによる作品です。
どんな大人も昔は子どもだったこと。初めて気づく子どもにとっては、なかなか衝撃の事実です。忘れかけていた大人だってハッとさせられますよね。世の中は、「こども」と「もとこども」でできている。この絵本は、そんな新しい視点から、世界を楽しく色鮮やかに見せてくれます。
おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、「もとこども」。子どもの本を作り続けている作者のお二人も「もとこども」!ということで、絵本についてのお話はもちろん、子ども時代の楽しいエピソードまで、対談でじっくりお話いただきました!
●タイトルを見て、「ああ、やられた」と思いました。
───「もとこども」、インパクトのあるタイトルですが、どれくらい前からお話を考えていたのでしょうか?
富安:お話が生まれてから原稿ができるまでは、すごく短時間だったんです。「もとこども」というフレーズが浮かんでからは一気に書いて、執筆は1〜2時間だったと思います。ただ、素材のイメージはずいぶん前から抱えていて、それは、自分の中にずっと残っていた、小さいときのある体験なんです。
───小さいときの体験ですか?
富安:母と一緒に電車に乗っていたときのことです。座席に座って、足が床に届かなくてぶらぶらさせていました。ときどき母にじっとしてなさいと言われて。通路の向こう側の窓から通路に四角い窓の光が落ちていて、ずっとそこに電信柱の影が通って行くのを見ていたんですよね。昼間の電車で、そんなに混んでなかったんですが。パッと眼をあげたときに突然すごいことに気がついたんです。「あ、ここにいる人たちってみんな”子ども”だったんだ。」って。
───まさに絵本のこの場面ですね。
富安:その前日くらいに、父か母の子どもの頃の写真を見せてもらって、それがものすごく衝撃だったんですよ。お父さんとお母さんて、昔は”子ども”だったんだ!ということが、なんだか異界をのぞき見た気持ちがして、自分が知っている世界が揺らぐような感覚でした。
そして、電車の中で、ばらばらと座っているおじさんやおばさんも「みんな”子ども”だったんだ」と思ったらとても不思議な気持ちになったんです。
ぼんやりとですが、ずっとこのことをお話に書きたいと思っていました。
そして、あるとき「もとこども」というフレーズがふっと心に浮かんだんです。
───いとうさんに絵をお願いしたきっかけを伺えますか?
富安:はじめ、文章が出来上がって、絵を誰にお願いするかとなったとき、何人か候補の方がいたんです。でも、なかなかぴったりイメージが合う方が決まらず、そんなとき野間児童文芸賞※の選考委員でご一緒しているいとうさんに頼んでみるのはどうだろうと思ったのがきっかけです。うちの子どもたちが小さいときに『おさるはおさる』(講談社)がすごく好きだったこともあって、いとうさんにこの世界を描いていただいたら面白くなるんじゃないかなと思ったんです。ただ、いとうさんはご自作の絵本作品が多くお忙しい方ですので、その時点では引き受けていただけるかは分かりませんでした。
※野間児童文芸賞…財団法人野間文化財団が1963年より設ける文学賞三賞のうちの一つ。児童向けの文学やノンフィクションを対象としている。
───いとうさんは依頼のお話を聞いたときはいかがでしたか?
いとう:基本的にぼくはもう人の作品に絵を描くのはやめようと考えていたので・・・。自作の絵本の予定が詰まっていて、それが消化できていないからということもあるんですが、やっぱり他の人が文章を作った作品に絵を描くというのは、自作の絵本の作品を作るときとは別の大変さがありますよね。
───別の大変さとはどういうところでしょうか?
いとう:自分で書いたテキストであれば絵についても、はじめから自分自身のイメージを持てます。でも、他の人の文章だと、自分がその人の作った言葉の広がりを絵で壊してしまう可能性がある、という怖さがあります。いかにその人の作った世界を自分の中に引きこんで解釈するかが求められますから。
───いとうさんがこの絵本の絵の依頼を受けられたのには、どういう経緯があったのでしょうか?
いとう:年2回選考委員の仕事で会うじゃない? これは断ると「あいつ、あのとき依頼を断った・・」ってずっと言われると思って(笑)。
富安:決して言わないけど、長く思い続ける…(笑)。
いとう:にこにこしてるけど、ほんとうは怖いからね(笑)。
富安:そんなことないですよ!
いとう:原稿を見てしまったら、どんなものでも面白く仕上げるというのが絵を描く側の仕事だとぼくは思っているので、通常は原稿を見る前にお断りしているんです。でも富安さんの依頼を見もしないで断るわけにもいかないので(笑)、見たわけです。
───原稿をはじめて見たときの印象はどうでしたか?
いとう:内容より先にタイトルを見て、まず「ああ、やられた」と思いました。
───やられたというと…?
いとう:もともとぼくが絵本で作りたいと思っていたアイディアの中に、近いものがあったんです。内容も読んでみたらまさにその通りでした。
───もともと描きたい素材として持っていたテーマだったということですか?
いとう:はい。でも、ぼんやりしたイメージを持っていたとしても、そこから絵本の形にするための「核」になるものを見つけ出すことが大変な作業ですからね。富安さんは、それを先に見つけたわけです。その時点でもう、「参りました、やらせていただきます。」って思いました。あ、今日は意地悪言おうと思って来たのに褒めちゃった(笑)
富安:覚えておこう(笑)。
───いとうさんは、富安さんの子どもの頃の電車のお話をご存知でしたか?
いとう:いいえ、初めて聞きました。今聞いて、ほーーーーって思って(笑)。 でも、聞いていたら、電車の場面もその話に寄せて描いてしまったと思うので、逆に聞かずに描いて良かった。ぼく、この絵を気に入っているんです。
───絵のイメージを富安さんからいとうさんへ伝えた部分などはあるのでしょうか?
富安:絵についてお願いしたところは全くありません。たとえば、大工のおじいちゃんが小さい頃から大工仕事が好きだったということも、私は何も指定していないです。「三つ子の魂」ですよね。私は、できあがったいとうさんの絵を見て、ああ可愛いなあ、おもしろいなあと思いました。
いとう:たぶんこの絵本のおじいちゃんは、小さいころ大工みたいなことも、違うことも好きだったと思う。ただ、いくつもある選択肢の中の一つが続いてきて、大工さんになったという考えが湧いたんです。
───大人も子どもから繋がっていて今があるんだと感じられますね。
富安:大人って生まれたときから大人みたいな顔をして生きていくから。本当は子どもから繋がっているっていうのは、大人にとっても驚きですよね。
>>次のページでは、富安さんといとうさんの子どもの頃を伺います。 おふたりの小さい頃のとっても可愛い写真も見せていただきました!