●「“さかさあめ”を描きたい!」からおはなしが生まれました。
───『チリとチリリ あめのひのおはなし』は、シリーズ7冊目。
前回の『チリとチリリ ちかのおはなし』から6年ぶりの新刊になります。
実は前作の『チリとチリリ ちかのおはなし』で、このシリーズは一度おしまいにしようかと思っていたんです。
───そうなんですか?
6冊も描かせていただいて、チリとチリリも海の中や土の中、小さくなって原っぱへと……いろいろなところに行くことができました。
だから、担当編集者さんに「このおはなしは6冊で最後かな」ということをチラッと伝えてみたんです。
そうしたら、編集者さんの顔がみるみる悲しげになってしまって……。
これは終わらせない方が良いんだと思い、7冊目を作ることにしました。
───悲しい顔をしてくれた編集者さんに、すごくお礼を言いたいです(笑)。
今回は雨の日がテーマのおはなしですが、おはなしのアイディアはどのように生まれたのですか?
このおはなしは「雨」をテーマにおはなしを作ろうと思ったわけではないのです。
大学生のとき、カナダに旅行に行ったことがあるのですが、そのときナイアガラの滝を見に行きました。
季節は真冬で、滝は表面が凍っていたんですよ。 でも、内側は凍っていなくて、大量の水が滝つぼに落ちているのがわかりました。その水しぶきが高く舞い上がりますが、寒さであっという間に凍り細かい氷の粒になって上から降ってくるんです。落ちている滝が氷になって上から降ってくることが、すごくおもしろくて印象に残りました。
それと、よく雨が激しく降っていると、どこから降ってくるのかわからなくなって、下から雨粒が当たっているように感じることがありますよね。
そういう経験がベースになって、「さかさあめ」のイメージが浮かびました。
さかさあめの上を走るチリとチリリ。
───「さかさあめ」から『あめのひのおはなし』は生まれたんですね。
そうです。今回は「さかさあめ」の中をチリとチリリが自転車を走らせるところをまず描きたいと思って、その途中にどんなものに出会ったら楽しいかな? 雨の中でどんなお店があったらいいかな? というのを考えていきました。
───チリとチリリが最初に出会うのは、雨の日だけ開いているお店。
窓が額縁のようになっていて外の景色が絵画のように見えるのがとてもおしゃれですね。
こういうお店が実際にあったらいいなって思います。
実際にそういうお店があっても良いですよね。
私も、こんなお店があったら常連になるのにな……と思って描いています。
こういう、喫茶店と小物なんかが一緒に置いてあるお店が好きなんです。
チリとチリリが見つけたのは、雨の日だけやっているお店でした。
───店番をしているのは、イノシシですか?
そうです。「チリとチリリ」では、日本にいる野生動物を描くようにしています。
イノシシは、たくさんいる動物の中に登場させたことはあったのですが、メインで描いたことはなかったので、喫茶店の店主になってもらいました。
───登場する動物もテーマをもって描いているんですね。
「チリとチリリ」では、出てくる食べ物も素敵です。
今回の「あまつぶあられ」も、いったいどんな味なんだろう……とすごく気になりました。
こういうお店で出てくる食べ物って何だろう……と考えるのがとても好きなんです。
「あまつぶあられ」は雛あられのような感じかな……でも、雨粒をイメージしているから食感はもしかしたらプルンとしているのかもって想像しながら描いています。
───ますますどんな味なのか気になります。お店にあったふたりにぴったりのレインコートを着て、再び自転車を走らせるチリとチリリ。
すると雨は「さかさあめ」となって、チリとチリリはちょうど2階の窓から入れるお店に入ります。そこは切手屋さん。
ふたりはそこで自転車の絵の入った切手を買いますが、これがちゃんと最後につながっているんですよね。
そうなんです。これはチリとチリリがなぜ雨の中、出かけたのかという答えでもあります。
ぜひ、絵本を読んで確認してもらえたら嬉しいです。
チリとチリリが切手屋さんに立ち寄った理由とは……?
───チリとチリリはいつも、自転車を走らせて不思議な体験をしますが、今回は出かける目的があって、自転車に乗っているというのが新鮮に感じました。
切手屋さんに寄った後、再び自転車を走らせるチリとチリリ、すると、動物たちがグミガムキャンディーの木に集まって、その実を食べています。
「グミガムキャンディー」もどいさんのオリジナルですよね。
はい。小さいお子さんはお菓子のグミしか知らないかもしれません。
私も今の暮らしをするようになって、グミという木があって食べられる実がなることを知りました。
実がなっているのを見つけるとつい食べちゃいます。
───グミの実がどんな味なのか、想像がつかないのですが、甘いのですか?
甘くはあるんだけど、ちょっとくせがあるというか、えぐみも感じる独特な味ですね。
完熟したグミの実はとても色鮮やかなんです。
その鮮やかさがきれいで、今回、絵本に描きたいと思いました。
───グミだけでなく、ガムであり、キャンディーでもあるんですよね。
見た目もキラキラ輝いていて、すごくおいしそうです。
グミガムキャンディーの場面にはちょっとエピソードがあって、この絵本の原画を描き上げた後、いよいよ明日、原画をお渡しするという日に、たまたま植物に詳しい知り合いのTwitterを見たんです。
そうしたら、その方が「グミの木の葉っぱは、裏が銀色でとてもきれい」ってつぶやいていたんですね。
「え? そうなの」ってびっくりして、慌てて原画のグミの葉の裏を銀色に塗り直しました。
───その方のTwitterを見たことで、グミガムキャンディーの木がよりリアルになったのですね。
そうなんです。後で確認したら、たしかにとても美しい銀色でした。
───絵本を読んだ後、近くにグミガムキャンディーの木があるんじゃないかと探したくなりますね。
●最初に描いたときは、シリーズになるなんて思いませんでした。
───今回、どいかやさんご本人に「チリとチリリ」のおはなしを聞ける貴重な機会なので、シリーズ1作目からエピソードを伺えればと思います。
『チリとチリリ』は2003年に出版されました。チリとチリリのキャラクター、自転車に乗って出かけるところ、おいしそうな食べ物が出てくるところ、日本の野生動物が登場するところなど、1作目から「チリとチリリ」の世界が確立されていますね。
ありがとうございます。でも、1冊目を作ったときはこんなに長く描かせてもらえるなんて想像もしていませんでした。
───『チリとチリリ』のおはなしは、どのように作っていったのですか?
おはなし作りはいつも、チリとチリリが自転車に乗ってどんなところに行ったら楽しいだろう、そこでどんな生き物と出会って、どんなお店に入って、何を食べたら楽しいかな……と想像しながら作ります。
───『チリとチリリ』では、森の喫茶店で「どんぐりコーヒー」と「れんげティー」を飲んで、サンドイッチ屋さんで「くるみパンのいちごジャムサンド」と、「きなこパンのくりジャムサンド」を買って、森のホテルに泊まります。
このホテルがとてもおしゃれでかわいいのですが、モデルにしたホテルなどはありますか?
モデルはないのですが、子どもの頃よく聞いた童謡の LP レコードの中に、「お花のホテル」という歌があっ たんです。その歌で「ホテル」への憧れがめばえたので、私の憧れのホテルを描いたかもしれません。
「もりのホテル」は憧れのホテルをイメージしたのだそうです。
───最後にチリとチリリが歌を歌うのも、そのレコードで聞いた歌のイメージがあったのかもしれませんね。
2冊目は『チリとチリリ うみのおはなし』。
チリとチリリは、洞窟を通って海の中を旅します。海に行くアイディアはどのように出てきたのですか?
先程もお話したように、続編は考えていませんでしたが、シリーズにしようと言われたとき、すぐ「海に行ってもらおう」と思いつきました。
『チリとチリリ』の見返しを見直すと、そこには1冊目でチリとチリリが出かけて行った森の喫茶店や、水遊びをした池、泊まったホテルが描いてあるのですが、左側にちょうど海や洞窟が描いてあったんです。
1冊目を描いたときは全く意識してなかったのですが「洞窟から海に行ったらどうだろう……」と、おはなしを膨らませていきました。
───見返しの絵から2冊目のおはなしは生まれたのですね。気になるのは、チリとチリリが海の中にずっといても苦しくないこと。これはどうしてですか?
どうしてなんでしょう……私も詳しいことはわからないのですが、あえて言うなら「チリとチリリだから」ってことなんだと思います。
海の中でも「チリチリリ…」と自転車で進みます。
───なるほど。サンゴの迷路を進んだ先に出てきたシーパーラーで、ふたりが食べた「なみの あわパフェ まきがいふう」と「うみの ソーダゼリー しんじゅクリームのせ」も気になります!
このとき出てきた七色に光る巻貝と真珠が、おはなしの大切な伏線になっていて、最後まで読みごたえたっぷりです。
『チリとチリリ うみのおはなし』では、「ちょうど ぴったり」という言葉を効果的に使いました。
シーパーラーで「ちょうど ぴったり」二人分ソファーが空いていたり、海のホールに入ったとき、「ちょうど ぴったり」開演時間だったり……。
最後は海の底で、ふたりが「ちょうど ぴったりの たからもの」も見つけます。
ふたりが訪れたシーパーラー。
───「ちょうど ぴったり」は1冊目の『チリとチリリ』にも「ちょうどよい」という言葉で出てきますね。
この言葉が出てくると、チリとチリリがどの世界でも「ちょうどぴったり」はまっているように感じられて、とても心地いいです。
「うみのおはなし」にはどいさんの海の思い出など、作品に反映されているのでしょうか?
子どもの頃は毎年海水浴に連れて行ってもらいましたが、一度おぼれかけたことがあるせいか、私にとって海はちょっぴり怖くて簡単には踏み入れてはいけないような未知の世界。
でも神秘的な美しさは憧れでもあるので、チリとチリリに代わりに深く深く行ってもらいました。