“短槍づかいのバルサ”として知られる女用心棒、バルサが川をわたろうとしたとき、上流の橋で牛が暴れだし人影が川に落ちた。その小さな人影こそ、新ヨゴ皇国の第二皇子、名はチャグム。水妖に寄生されたとみられる齢12の皇子が、父である帝に命をねらわれたのです。
思わず激流に飛び込み皇子の命をすくったバルサは、皇子としての一生がなくとも生きる幸せをつかんでほしいという二の妃(チャグムの母)の懇願で、やむをえずチャグムを引き受けることになります。
父帝がさしむける刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、体を張って戦いつづけるバルサ。じつはチャグムが宿したものは、水妖ではなく、精霊の卵。チャグムの命は、卵が孵る夏至までのものなのか。
帝と天道師(国を裏で導く「星読博士」の最高位)の命を受け、チャグムの命を狙う「狩人」たち。当代一の呪術師といわれる老婆トロガイ。バルサの幼なじみの薬草師、タンダ。魅力的な人物像が次々描かれ、物語の序章が幕を開けます。“守り人”シリーズ記念すべき第一弾。壮大な冒険ファンタジー!
作者の上橋奈穂子さんは、オーストラリアの先住民族アボリジニのフィールドワークなどをもとに文化人類学を研究する研究者。建国神話の秘密、先住民の伝承、狩りの描写など、文化人類学者らしい緻密かつリアリティのある世界構築にぐいぐいと引きこまれます。
特筆すべきは出てくる食べ物のおいしそうなこと! チャグムとバルサがあつあつをかきこんだ、ゴシャとよぶ白身魚を香ばしく焼いてあるノギ屋の弁当。傷ついたバルサを癒す、タンダの山菜鍋。ついには『バルサの食卓』という料理の本まで出版されるほどです。
『精霊の守り人』につづき、次作『闇の守り人』ではバルサのふるさと北の山岳国カンバルが舞台。第3作『夢の守り人』では初巻の約一年後の夏の新ヨゴ皇国にもどり、トロガイの過去があかされます。第4作『虚空の旅人』では南の海洋王国サンガルが舞台。チャグムは成長し、ダイナミックにシリーズは展開していきます。
バルサが短槍をふるう音が聞こえてきそうな血湧き肉踊る冒険譚のなかで、描かれるのは、バルサとチャグムの絆。バルサとタンダの絆。いまは亡きバルサの育ての親、ジグロとの絆。人が運命に翻弄されても、そのなかで力を尽くして生きるとはどういうことかを考えさせられます。
子どもの本のノーベル賞(Little Nobel)といわれる国際アンデルセン賞・作家賞を受賞した作者が、最初に世にその存在を知らしめたといえる、出色のシリーズ第一作です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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