小さな港町で、カラは父さんと二人、いとこの家に身を寄せて暮らしています。母さんは野生イルカを救う活動をする海洋学者。でも母さんは遠くへ行ったまま行方不明になってしまいました。
湾内に係留されるモアナ号は、カラの父さんと母さんが補修して乗れるようにした100年前のヨット。同級生で、トロール船主の息子のジェイクは何かとカラに嫌がらせをし、モアナ号をボロ船と言ってばかにします。学校の先生は同情的だけど、母さんの生死はわからず経済的にもきびしく、学校にも居場所はなくて……。
そんなときロンドンから転校してきたのが、脳性麻痺の気難しそうな少年、フィリクス。最初の印象は最悪でしたが、フィリクスがヨットに魅せられたことをきっかけに、孤独なカラの心は少しずつ動きはじめます――。
父さんがカラの大切なモアナ号を売ろうとし、買い手候補のフィリクス親子がモアナ号を試乗した翌日、カラは浜辺で傷ついた子どもの白イルカを見つけます。傷は深く、小さなイルカを母イルカの元へ戻すことを大人は「難しい」と言います。でもカラは全身全霊で助けようとします。
一方でトロール船の底引き網漁は解禁期限が近づき、解禁になれば、湾の豊かなサンゴ礁は壊滅的になってしまいます。海の生き物もたくさん傷つきます。底引き網漁は解禁になってしまうのか。イルカは助かるのか。ぜひ本書を読んでみてください!
一見何もないけれど、もぐれば美しい海。地上では生活に苦しむ人たち。その中で、一歩まちがえれば壊れてしまいそうな家族が描かれます。ふとしたときに、ひとりぼっちの気がする思春期の子どもたちの心にすっとしみ込むかもしれません。生活のために働く父さんとだんだん気持ちが離れていく……。父さんは母さんを(家族を?)あきらめてしまったみたいに見える。でも本当にそうなのでしょうか? 親子の開いていく距離をどうにもできない、そんな場面がみずみずしく描かれます。カラだけではありません。経済的には裕福なはずのフィリクスも、父母との距離は微妙です。
大切なモアナ号、大切な海が危機に瀕している。受け入れがたい現実に、目を背けそうになるカラですが「あきらめちゃだめだ」というフィリクスの言葉に奮い立ちます。
母さんが残したビデオメッセージに映っていたのは、何だったのでしょうか。カラが失ったものは? そして失わなかったものは……?
胸が痛くなる出来事はあるけれど、さわやかな結末に救われた気持ちになります。
物語のはじめから終わりまで海の描写があざやか。ヨットで風をつかまえ、波間を走る気持ちよさを想像しながら、うねりに身をまかせたくなる物語です。
そして本書は、世界中のあちこちで絶滅の危機に瀕していると言われるイルカについて、イルカを愛する作者が描いた物語でもあります。あとがきの中の<イルカについてのびっくり知識>で、イルカをもっと知ることができますよ。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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