「人魚姫」をはじめとするロマンチックなアンデルセン童話の中で、ちょっと諷刺の効いたユーモラスな作品です。
ずっとむかし、新しい服が何よりも好きな王様がいました。
朝から晩まで考えるのは服のことばかり。
ある日お城に、誰も見た事のないほど美しい布を織ることができる、と言いはる2人の嘘つきがあらわれました。
しかしその布は利口で正直な人間だけに見え、嘘つきや愚か者には見えない、と言うのです。
2人にだまされた王様は、たくさんお金を与え、服を作らせることにします。
しかし、からっぽの機織り機で「布を織るふり」をしている2人を見ても、だれも「何も見えない」と正直に言うことができません。
嘘つきの愚か者と思われたくないばかりに、大臣も家来たちも、見えない布を褒めそやすばかり。
とうとう王様は、見えない服を着て、パレードをすることになりました。
見た目はまるでパンツ一枚の王様ですが、美しい立派な服を着ているかのようにふるまい、集まった人々も「あんなにすてきなふくはみたことがない」と口々に言います。
そのときひとりの男の子が「おうさまは はだかじゃないか」と叫んで……!?
正直に見たままを口にした男の子と、そろいもそろってだまされてしまった大人たち。
ばかにされたくないばかりに、「すばらしいふくです」と言い続けるしかなかった大人たちがとても滑稽に見えます。
でも真実を口にするのは勇気がいることで、じつは、王様を笑えないのが私たちなのかもしれません。
1837年、アンデルセンが32歳のときに書いたというこの童話は、今も私たちの胸に突き刺さります。
お話の結末は、王様のはずかしそうな様子が何やらかわいらしく、ほのぼのとして終わります。
立原えりかさんの絵は、子どもたちに親しみやすく、おとぎ話のような雰囲気です。
それでいて見えないものを「見える」と言い続けてしまうふしぎさは、幼い子に強い印象を残すのではないでしょうか。
本書は、世界の名作の中から12の作品をセレクトした「ひきだしのなかの名作」シリーズの一冊。
大人も今一度読み返してみると、あらたな名作に出会えるかもしれませんよ。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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