ご存知、仲良しのがまくんとかえるくんの日々を描いた「がまくんとかえるくん」シリーズ(文化出版局)。ユーモラスな会話や展開が楽しい短編が、1冊に5編ずつ収録された4冊のシリーズです。
1972年に発売されて以来、「がまくんとかえるくん」シリーズは40年以上愛され続けてきました。特に、長年小学校の国語の教科書に採用されている「おてがみ」は今では誰もが知るおはなしとなっています。
今回はシリーズの翻訳を手掛けた三木卓さんのご自宅に伺い、がまくんとかえるくんとの出会いや、翻訳のこと、ローベルの作品についてなど、たくさんの貴重なお話を伺いました!
●笑えちゃって笑えちゃって、ニコニコしながら読みました。
───「がまくんとかえるくん」シリーズ発売から40年以上経ちますが、がまくんとかえるくんの、のんびりとユーモラスなやりとりは、発売以来ずっと日本の子どもたちに愛されてきました。三木さんが翻訳をすることになった経緯を伺えますか?
僕は、振り返ってみて、自分でもこんなにたくさんの子どもの本の翻訳をやっているのかと驚くくらいなんですけどね。そのなかでも『ふたりはともだち』は絵本を翻訳したはじめの作品なんです。
─── 一番最初に手掛けた翻訳絵本だったのですか?
はい。文化出版局の編集者が訪ねて来てね。「こういう本が出版されて、とても面白いから翻訳してくれないか」と依頼されました。1972年のことでした。
それまで絵本の翻訳をやったことがなかった僕に話が来たのは、どうも今江祥智の差し金だったんじゃないかと思います。
───交流があった今江祥智さんが、三木さんの翻訳を出版社さんへすすめたということでしょうか。
ええ。その頃、僕は37歳で、本格的に小説を書き始めていた時期でした。児童文学も書いていたので、僕に絵本の翻訳をやらせたらどうかというのは、今江さんの作戦じゃなかったかなと今は思ってるんです。ただ今江さんはそんなこと一言も言わないですけどね。
───ご自身の小説を書きながら、「がまくんとかえるくん」のシリーズを翻訳をされていたのですね。
西荻窪の学生下宿のような部屋にこもってね。小説を書く合間に翻訳しました。『ふたりはともだち』と『ふたりはいっしょ』、同時に2冊を依頼されて翻訳しましたが、そのときはまだ続きの巻が出ることも分かりませんでした。
───原書をはじめて読んだとき、どんな印象を受けましたか?
もう、とってもユーモラスでね。笑えちゃって笑えちゃって、ニコニコしながら読みましたね。『ふたりはともだち』の1つめのおはなしは「はるがきた」なので、僕もシリーズではじめに読んだのがこのおはなしです。
- ふたりはともだち
- 作:アーノルド・ローベル
訳:三木 卓 - 出版社:文化出版局
仲よしのがまくんとかえるくんを主人公にしたユーモラスな友情物語を5編収録。読みきかせにもふさわしいローベルの傑作です。小学校の教科書に採用されています。
冬眠から先に目が覚めたかえるくんが、がまくんを起こす。でもなかなか起きないからって、カレンダーを破いて時間を進めちゃうんです。がまくんも、「あーもう5月になったんだ!」なんて起きてね。実に幼児的で憎めなくてね。
絵がとっても地味でしょう? この地味ぶりが良いんだけど、そのうえ「がま」と「かえる」が主人公なんて、売れっこないなと思いました。でも、同時に、なんて上質な本だろうと思いましたね。
───こんなに人気が出るとは三木さんは最初思われていなかったのですね。
とても予想できなかったです。ただ、自分が当時ゲラゲラ笑いながら読んだその面白さを、訳文にうまくのせたいという思いはありました。
───2冊をどれくらいの期間をかけて翻訳されたのでしょうか。
依頼を受けてから1カ月くらいで訳したんじゃないでしょうか。僕のやり方はだいたい、まず原文を読んで訳して、訳文をしばらく寝かせておくんです。それから2、3週間経ってから改めて訳文を見返して、手を入れて完成する、という風にしていました。「がまくんとかえるくん」のシリーズもそうやって訳しました。
───日本の子どもたちのために、こう訳そうとはじめに決めていたことはありますか?
最初に文体をどうしようか考えました。それで、この物語は、やっぱり東京の標準語で訳すのが良いんじゃないかと決めました。あとから、ちょっと上品すぎるんじゃないかと言われたこともありますが、これで良かったと思います。
───笑ってしまうような面白い場面でも、常に優しい上品な雰囲気を感じます。そのこともシリーズが長く愛されてきた理由のひとつに思います。
そこも狙いだったんだと思います。僕は満州からの引揚者です。満州にはいろんな人がいて、九州や東北、いろんな方言が集まって満州方言みたいなものがありました。学校だとそれを喋らなきゃいけない。満州の言葉って強烈ですよ。うちに帰って使うと親父に汚い言葉を使うなと叱られるから、家では丁寧な言葉を使っていたんです。どうもその時に使っていた丁寧な言葉というのは山の手の坊ちゃん言葉だったのかもしれないですね。そういうことが文体の基本になっているんだろうと思います。
文体を決めたあとは、読みやすいことばの塊にしていくという作業でした。語呂やリズムを大切に考えたので、すらすら読めるはずですよ。
───当時、編集者さんとは、どのようなやりとりがあったのでしょうか。
僕は絵本の翻訳をそれまでやったことがなかったので、例えばページから訳文がはみ出したりしないように、改行する位置や、子ども向けの言葉とかね、そういう手ほどきを初めて受けた作品でもありましたね。
───翻訳する中で、どんなことが大変でしたか?
笑うところは絶対笑わせなきゃいけない、でもここで笑えと説明的になるようなことはしたくなかった。訳者に「笑えー!」と言われるようなのは良くないですよ。読者が自発的に笑うようにしないとね。雰囲気をそのまま伝えること。そこが一番面白かったし、一番苦労したところです。