『子鹿物語』の作者、マージョリー・キナン・ローリングズが唯一子どもに向けて書いた童話『The Seacret River』が、コールデコット賞受賞のディロン夫妻が本格的な絵をつけた美しい大型の絵本となって現代によみがえりました。
マージョリー・キナン・ローリングズは1896年にアメリカで生まれ、比較的恵まれた家庭で育ちました。都会で働く女性ジャーナリストのさきがけとして、新聞社に勤めるなど活躍していましたが、あるとき夫と旅行した南部・フロリダの貧しい開拓民(クラッカー)たちが住む原始的な風景に心を奪われ、夫と別れてそのクロス・クリーク村に住むことを決意します。
そこから有名な『子鹿物語』(じつはこの作品は子ども向けに書かれたものではなく、1939年ピューリッツア賞フィクション部門賞を受賞したとても骨太な作品です)が生まれることになるのですが……。
世界恐慌そして世界大戦に突入していく、アメリカの帝国主義からはいわば隔絶した原生林のなかで、生きる道を切り開こうとした女性が書いた童話であることが『ひみつの川』を読んだとき、特別の感慨となって胸に迫ります。
『ひみつの川』主人公は、詩人になるべき美しい名前をもった女の子カルパーニアと、背中が馬車馬のようにへこんだバシャウマという犬。ユーモアをただよわせながら自然あふれる村での女の子の暮らし、そして「村で魚がまったくとれなくなった。きびしい時代がやってきた」と両親が嘆く姿が描かれます。
賢者の知恵を求め、魚がたくさんとれるひみつの川を、バシャウマと一緒に探すカルパーニア。髪にむすんだ紙のバラの花をえさに魚をとろうとするカルパーニアは……。
ひみつの川の存在を信じる女の子が起こしたファンタジーのような奇跡を、素朴に綴った筋書きは、むずかしいものではありません。でも本作から伝わってくるマージョリーの精神のようなものが、何とも言いがたい深い余韻を残します。
つやを消した漆黒のカバーに浮かぶ女の子の横顔と、金箔で押されたタイトル、枝をのばす周囲の木々の美しさにため息が出そう。ディロン夫妻が描く精緻で幻想的な絵が本書を格調高いものにしています。
1953年、マージョリーは脳内出血で突然この世を去り、57歳の生涯をとじました。この『ひみつの川』は1955年に遺稿として出版され、児童文学界でもっとも権威あるニューベリー賞の次点に選ばれます。
ハッピーエンドの童話でありつつも、人間がはかりきれないものが息づく自然界に思いをはせて自分と向き合う、大人の時間におすすめの本格派物語絵本です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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