●遊び場を提供するように絵を描く
───画面いっぱいに描き込まれた色彩がクリアできれいです。画材は何を使っているんですか?
ドローイングペンとコピック(マーカー)です。マーカーはやはり発色がきれいですよね。絵の具とちがって重ね塗りができないので、どこも一発勝負。緊張しますが、絵の制作は早く進みます。ちょうど原画が印刷所からもどってきたところなんですが、見ますか?

右にあるのは夜光貝の貝がら。
『おつかいくん』に使用したコピック。たったこれだけの色数で描かれたとは思えません。
───ぜひ! わー、カラフル! やはり原画の透明感、色のクリアな美しさは圧巻です。
いくら見ていても飽きない絵、子どもはたまらないと思うんですが・・・実際にお父さんが絵を描いているのをそばで見ているのりたけさんのお子さんたちは、どんな反応をしますか?
長女(当時4歳)はこの絵で遊ぼうとしたみたいですね。仕事中にトイレに立って、帰ってきたら、描きかけの原画に大きなぐるぐる渦巻きがあって「えっ、なにこれ!?」とびっくりですよ。どうも迷路のスタートのところからペンで出発して、途中でまずいとおもってやめたみたい(笑)。
マーカーなので、上から色を塗って消したりできないし、自分ではどうにもできずに、まず印刷所で原画をいったんデジタル化してもらい、データ上で地道に修正しました。

スタートからはじまって・・・
ぐるぐるぐる・・・
───うわあ、これは大胆! 絵をながめていたら、きっと迷路をやりたくなっちゃったんですね。
こういうことがあっても怒らないんですか?

「だれがやったの?」と娘を問いつめましたけど「知らない」と言いはるのでそれ以上怒りませんでした。
『おつかいくん』が完成して見本が届いたとき、娘に「こっちゃん(娘の愛称)がラクガキした絵、どこだかわかる?」と聞いてみたら「羊がいっぱいいたところだよね」と自らページをめくっていたのでやっぱりなと(笑)。
───ばれちゃった(笑)。かわいいですね。
のりたけさんが描く世界に入り込んで遊びたくなるのは子どもも大人も同じ。絵のなかにフィールドが広がるような、一種の世界観がありませんか。
そうかもしれないですね。もともと絵本は、作者が用意するストーリーに沿って読者が楽しむものが多いですよね。でも僕は、メインになる絵を1つ描いて「これを見てごらん」というふうにするよりは、こまかく絵をいっぱい描き込んだ大きな絵を作りたい。読者にはそのなかに入り込み、絵の世界を疑似体験して遊んでほしいと思っちゃう。僕自身がそういうのが好きなんだと思います。
子どもも大人も自由に脱線して、好きなように遊んでほしいんです。

個人的には・・・表紙の「MC浜」に大ウケ!これは大人ならでは!?
表紙から裏にかけてのカバー全体も迷路になっています。カバーをはがすと・・・バーコード部分にはカミナリさまが!
●絵本ってどういうもの?
先日、ある本屋さんで「かこさんがいたから、絵本作家になりました」という題で話をしたんですけど、子どもの頃好きだった
加古里子さんの『
地球』『
海』『
宇宙』『
人間』のシリーズが原点なんです。僕は大学を卒業した後、鉄道会社に就職して、絵本と全然関係ないところから仕事をスタートさせました。その後一念発起してデザイナーになって、絵本を描きたいなと思ったとき、あらためて子どもの頃に見た加古里子さんの絵本を手にとりました。そしたら「なんじゃこりゃあ!」と(笑)。
一冊の絵本に詰め込まれた労力、知識、遊び心。問答無用ですばらしいですよね。これは総合芸術作品じゃないか、と衝撃を受けました。

たとえばピラミッドをひとめ見た人はまず「うわっ」「でかい!」「すごい!」とか、ただ見上げて圧倒されますよね。「この石の積み方は・・・」といきなり論じはじめる人はあまりいない。
絵本も同じように、力のある絵本は開いた瞬間「ドーン!」と伝わってくるような、絵で直接、迫力や熱を伝える力があると思うんです。そんな「ドーン!」と直接読み手に響く感覚を、大事に、本作りをしたいという思いが常にあります。
───のりたけさんの絵本を拝見しているとそのパワーがわかります!
でも、毎回、そうとう気力勝負になりませんか。
うーん、たしかに、描いているとき一瞬息が吸えなくなって、あせったことがありますね。たぶん絵に集中しすぎて呼吸が浅くなっていたんですよね。
描いている3か月か4か月の間、テンションを保ち続けるのは難しいですよね。描いていて、これ本当にいいものになるだろうか、とか、初版で終わって見向きもされずに消えていってしまうんじゃないかとか、不安になることもありますよ。でもそういうときは信じるしかない。粘り強く描いていけばぜったいに最後にはいいものができる!と自分を信じて描き続けるしかないですね。
朝、絵を描きはじめるのが億劫な日もあります。この絵にあと何時間かかるんだろうとか。でもいざ描きはじめるとだんだん調子が出てきて、もっとああしよう、こうしよう、と欲が出てくる。
僕は『しごとば』のシリーズにかなりのエネルギーを吸い取られているので、他の絵本ではそこまで緻密にやらないぞと心に決めているんですが(笑)、数か月間作品にかかりきりになっている間にどうしてもこまかいところで遊びはじめてしまいますね。本筋のストーリーから脱線したところでダジャレを楽しんだり、絵探しを入れたり。
───読者は「待ってました!」ですよね(笑)。
僕はサービス精神旺盛な人間なので、楽しんでいただけていますか?という気持ちで絵本を描いています(笑)。
実際、講演会で子どもたちに会うと、みんな「もじゃもじゃ頭みつけたよ」「おれこんなのみつけた」とか自慢げに言ってきてくれるんですよね。絵探しってやっぱりみんな好きなんだなあと。こんな子たちが僕の本を読んでくれているんだなあとか、この子たちがわかるダジャレを考えなくちゃいけないなと感じてモチベーションがあがります。
あるとき自分の子どもに、柳生弦一郎さんの『おへそのひみつ』や『おっぱいのひみつ』、『はなのあなのはなし』を読み聞かせるとべらぼうにウケるんですよ。子どもが興味をもつような体の一部の話でもあるし、知識も遊び心もあってすごくおもしろい。こういうのいいなあと、『おつかいくん』の前に作った『おしりをしりたい』は、刺激を受けて作りました。 『しごとば』のシリーズは、ありとあらゆる職業を紹介しているので、難しい専門用語もいっぱい出てきます。無理に説明せずにそのまま書いているところもありますが、それでいい。世のなかにこんなに愉快ですごいことがたくさんあるんだよ!ということを、ただ「ドーン!!」という迫力でもって伝えたかった。
子どもたちにはすべて理解できなくても、その「おもしろさ」の密度や熱量は伝わると思っているんです。とにかく「問答無用でおもしろい」という絵本を作っていきたいですよね。
───『おつかいくん』も「ドーン!」という迫力が伝わってきます!
最後に・・・何かおすすめポイントがあったら教えてください(笑)。

「シャコガイはかせ」が潜んでいます。わかるかな? どのページにも実は「シャコガイはかせ」が潜んでいるんですよね。わかりました?
あとはどんなふうにでも、好きなように楽しんでもらえたらいいなと思います。
まずはおつかいくんと一緒に迷路で。そのつぎはキャラクター探しで。でも、迷路そっちのけで、いきなりダジャレやパロディや、迷路と関係ない小さな絵を楽しんでもらっても作者としては嬉しいですし、ぜんぜんOK!(笑)。
『おつかいくん』でさらに一歩、「絵本はこうでなくちゃ」から自由になれたような気がします。
───『おつかいくん』にハマってしまった息子と、今夜もなかなか眠れない、あたらしい絵本タイムを過ごせそうです(笑)。ありがとうございました!

奥付にはちょっぴり大きくなったおつかいくん。成長したおつかいくんにいつか続編で会えるでしょうか?
おまけ。2歳になった、おつかいくんのモデルです!絵本制作中より大きくなりました。

記念にパチリ<編集後記>
『おつかいくん』は着想以来2年越しの完成。でも実際に絵を描きはじめ、のりたけさんは、数か月間であっというまに完成させたということですから、いざとなったときの鈴木のりたけさんの集中力とパワーはすごいです! こんどはどんなことをやってみようかと、飽くなき挑戦をつづけるのりたけさん。手間を惜しまないその作品から、今後も目が離せそうにありません。
インタビュー: 磯崎園子 (絵本ナビ編集長)
文・構成: 大和田佳世 (絵本ナビライター)