チョコレートの箱をそっと開けるようにページをめくりたいとびきりのお話。
作者は、物語を紡ぎ出す名手、児童文学作家の岡田淳さん。
小学五年生のわたしとお母さんの妹・みこおばさんとの神戸デートの1日。
港の公園のベンチに座って、途中で買ったチョコレートを開けるほんのひとときの時間。
箱のなかにチョコレートは六つ。赤や青や緑色の紙で包まれたちょっと贅沢そうなチョコレート。
わたしとおばさんで三つずつ。まずは私が緑色、おばさんが青。
そっと紙をはがして、ふたりいっしょに口にいれる。
舌の上で、かたまりがゆっくりととけていく。
「時間がとけていくみたい」
そう言って、みこおばさんは、ふいにこんな話をしてくれたのでした。
「坂道の上の洋館に、ひとりの男とニワトリがくらしていました。」
風船売りの男と、その相棒のニワトリ。
ニワトリは、その日の風の様子を風船売りに伝える役目をし、そのおかげで風船はよく売れていました。風船がたくさん売れると、男はおみやげにチョコレートを買って帰りました。男もニワトリも、チョコレートが大好きだったからです。チョコレートを食べながらふたりでいろんな話をして、ふたりはとっても幸せでした。しかし、ニワトリのあるたったひとつのうそにより、ふたりに、思いがけないことが起こっていきます。
チョコレートを一つずつ食べながら、ゆっくりすすんでいく物語の時間。
物語は甘くて優しく、けれどもほろ苦さを残して結末を迎えます‥‥‥。
「なんとかならへんやろか」
納得がいかないわたしは、お話の続きを加えます。
港の公園、異人館、神戸の美しい風景と、チョコレートの濃厚な甘さが頭をかすめながら、わたしとみこおばさんの物語、風船売りの男とニワトリの物語という二つの物語が、ゆっくりと心に沁みわたっていきます。物語を紡ぐ楽しさと共に、その楽しさを共有できるわたしとみこおばさんの関係性の素敵さが伝わってきます。
特筆したいのは、造本の美しさ。素敵な表紙のデザイン、カバーを開くと現れるチョコレート色の中表紙や見開きページ、1枚1枚めくりごたえのある分厚い紙、まるで1枚の絵画のようで、絵も物語を語っているような植田真さんの挿絵。すみからすみまでまるごとを味わいつくしたくなるような贅沢な1冊です。
対象年齢は、小学校高学年ぐらいから大人の方まで。小学生や中学生にもぜひこの造本の美しさを感じてもらえたらと思います。
もともとは、愛蔵版 県別ふるさと童話館「兵庫の童話」(1999年リブリオ出版)に収録された作品が、今回単行本化されたというこちらのお話。力のあるお話というのは、こんな風に形を変えながら読み継がれていくものなのですね。これから、より多くの子どもたちや大人の方に広まっていきますように。
(秋山朋恵 絵本ナビ編集部)
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