図書館のおすすめコーナーのところに立てかけてあって、
子供にはまだ難しそうでしたので、自分用として借りてきました。
1920年代のアメリカ南部では、黒人は公園や運動場と同じように公共図書館の利用が
禁止されていて、殆どの黒人家庭では貧しくて本など買う余裕などありませんでした。
主人公の“ぼく”は、母親から字を教わって読めるようになると、活字に渇望し、
ごみ箱に捨ててある新聞や表紙が切られた本ですら拾って、読み漁っていました。
17歳になり、本を読みたいという願望が抑えられなくなり、信用が出来そうな白人に
意を決して、図書カードを借りることを願い出て、幸運にも図書館で本が借りることが
出来るようになりました。
“ぼく”は、本を読むことが自由への切符と信じて、夢中で本を読み、
お金をためて、自由と未来のある北部へと旅立って行きました。
という話でした。
この本を手にしたきっかけは、この本の前にちょうどパトシリア・C・
マキサック作『わたしのとくべつな場所』を読んだばかりで、
同じく黒人の図書館絡みの本なのかな?と興味をもったからでした。
その作品のパトシリアの時代から遡ること30年前は、まだ図書館が
黒人に門戸が開かれていなかったのですね。
それでも、パトシリアと同じように、本を読むことが知識を広げ
自由・人間の尊厳を得る手段と信じる人が、いつの時代にもいることを
改めて感じさせられます。
そして、いつの時代にも必ず、この本の中に出てくる、図書カードを
貸してくれた白人フォークさんのような良識のある人がいることを
嬉しく思います。
この本自体は、絵も暗い色調で描かれていて、別にストーリーに
創造性とかそういったものがなく、単に淡々と“ぼく”の本に対する
熱望だけが回顧録のように書いてあるだけです。
こういう人たちの思いが、数十年という歳月がかかったかもしれませんが叶って、
本当によかったと思います。