季節が夏から秋へと移り変わろうとしているころのこと。
お百姓のベイリーさん一家が出会ったのは、記憶を失い、自らの名前もわからず、言葉さえ失ったひとりの男。
記憶が戻るまでのあいだ、その名前のない人は、ベイリーさん一家と暮らすことに。
彼は不思議な人物でした。
一日中働いても汗ひとつかかず、子どものように純粋で、何でもないことにも目を丸くして驚きます。
警戒心の強い森のうさぎたちも、彼を前にしては逃げ出すこともせず、心を開くのです。
そして、彼はとても魅力的な人物でもありました。
ベイリーさん一家は名前のない人を家族の一員のように思い、彼もまたベイリーさん一家との生活を楽しんでいました。
そんなある日、ベイリーさんは気候がおかしくなっていることに気づきます―
映画「ジュマンジ」や、「ポーラー・エクスプレス」の原作を手がける作家オールズバーグを、村上春樹が翻訳した一冊。
やわらかで童話的なパステル画の風景と、表情豊かで写実的な人物の組み合わせが、他にはない独特で温かな世界観を描き出しています。
特に、大きな風景を照らす、空と光の色合いがこの作品のみどころです。
繊細に描写される光の色彩と、それの生み出す影とに彩られた風景は、広大な丘を吹き抜ける秋の匂いや、画の外にある夕焼けのまぶしさを感じさせるほど。
それが少し不思議な物語と相まって、作品全体が神秘的な雰囲気をまとっています。
名前のない人とは、いったい何者なのか?
心温まる、少し不思議な秋の色の物語。
(堀井拓馬 小説家)
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