●「憧れの土地『屋久島』は、不思議な出会いと体験の場所でした」
───松田さんには以前、「宮沢賢治の絵本シリーズ」のときに編集者という立場からおはなしを伺って、賢治作品との不思議なつながりなどに大変感動しました。今回、作家さんとしておはなしを伺えるので、とてもワクワクしています。
『わたしは樹だ』は、「樹」である「わたし」を通して語られる、とても重厚で、果てしない時間の流れる作品。物語の舞台は屋久島ということで、取材にも行かれたと伺いました。
私にとって、屋久島はずっと前から憧れの場所でした。屋久島関係の本ばかりが増えていって……(笑)。でも、憧れが強すぎるとかえってなかなか行けないことってあるでしょ? 私にとって屋久島は、まさにそういう場所だったんです。でも今回、アノニマ・スタジオから屋久島を舞台にした絵本を書いて欲しいというおはなしが来たとき、「ああ、とうとう行く時が来たのかも……」と思いました。とにかく行くしかない。本などで仕入れた知識はおいて、まずゼロのきもちで屋久島の空気にひたろう。行けばきっと、そこで何かがわかるはずだという、妙な確信のようなものはありました。

屋久杉の根っこ。本当にむき出しで伸びています!
───屋久島は1度訪れると、世界観が変わる……という人も多いと聞きますが、松田さんは実際に行ってみて、どうでしたか?
到着した初日に、まず衝撃を受けたのが、木の「根っこ」でした。普通、木の根って地面の中に埋まっているものですよね、でも、屋久島は島全体が岩でできている島なので、土が少なくて、深く埋まるはずの根がむきだしになって、地面をはいまわっているんです。木の高さや太さよりも先に、まず根にひきよせられた。「生きるぞ!」という執念のようなものを感じました。まさにこのときに、書くべきものが決まった気がします。
───屋久島ではやはり縄文杉まで歩いたんですか?
───いろんな質問とは……?

Yさんは、九死に一生を得るほどの怪我で山師の仕事が出来なくなったとき、師匠の高田さんから、こう言われたそうです。「お前、どうして助かったか分かるか? おまえは、これからは伝える役目があるからだぞ」って……。そんな話を聞いたもんですから、別れ際に、私も絵本を創るためにこの島に来たんだということを伝えました。
───へえ! スゴい出会いでしたね。
ええ。で、実は、本ができた後にもっと「えっ?」と思うことを言われたんです。本を送って、あらためて電話でお礼を伝えたとき、Yさんが言ったんです。「あんたもそういう役目をもってるなって、あのときわかったんだ。だから話したんだよ」って。
───Yさん、格好良すぎますね!
ね〜、ほんとかどうかわからないけど(笑)、うれしい気持になりましたね。で、そのYさんとの出会いが、屋久島で絵本の原画展を開催することにもつながったんですから、ほんとに感慨深いです……。それと、もう一人、大切な人との再会がありました。それは、屋久島に住み、屋久杉を撮りつづけている、写真家の山下大明(やました・ひろあき)さん。山下さんとはずっと前に知り合っていたのですが、お会いするのはなんと20年ぶりでした。
───山下さんの撮られた写真、とても幻想的でステキですね。

エメラルドグリーンに発光する木の葉の写真
───やはり素晴らしかったですか?

光の下では、落葉腐朽菌の光は見えなくなります
もう、言葉にできないくらい。といっても、最初に発光する葉っぱを見た瞬間は「わあ!」と思わず大きな声が出てしまいましたけどね(笑)。でもその後からは、言葉を失っていく体験でした。真っ暗な森に入っていく。本当に何も見えない。自分の手すら見えない。それなのに、5分たち、10分たって……、だんだん目が慣れてくると、あちこちに光るものが見えてくる。……発光する葉が、ぽつんぽつんと散らばる、そのただ中に立ったときは、もう、自分が立っているのか浮いているのか分からなくなった。まるで宇宙空間に浮かんでいるような、光のひとつひとつが銀河に見えてくるような、あの世にいるのか、この世にいるのか、それすらさだかでない……。言葉はでないし、いまも言葉化しきれない。深遠でほんとうに静かな気持ちになっていって……とても不思議な体験でした。
───葉っぱが、どうして光るんですか?
実は、これは葉っぱ自体が光っているんじゃないんです。葉っぱについた菌が発光している。「落葉腐朽菌(おちばふきゅうきん)というんだ」と山下さんが教えてくれました。他にも、木の枝や幹に付いて発光する小さなきのこも見ました。つまりこれは、弱った木や木の葉をゆっくりと腐らせて土に戻す役目をしている菌類の光なんです。普通、「腐敗」というと、悪いことや汚いもののように感じるけれど、よく考えれば、何かがちゃんと腐って死ななければ、次の命も生まれない。死は生を育むものだということを、あの光は私にしっかりと教えてくれました。屋久島での取材は期間にするとわずか4日間の短い滞在でしたが、この絵本を作るうえで、とても重要な出会いとつながりを、私に見せてくれたんです。