子どもも大人も、今では海外の人にまで人気の「忍者」。黒装束に身を包み、闇夜にひっそりと任務をこなす姿、格好いいですよね。しかし、もし忍者の見た目が「真っ赤」だったら……。
そんなとっても目立つ赤忍者が主役の絵本『あかにんじゃ』(岩崎書店)は、歌人の穂村弘さんと、海外でも人気のイラストレーター木内達朗さんがタッグを組んだ作品です。
往年のコメディアン、コント55号から着想を得て生まれたという『あかにんじゃ』の制作秘話を穂村弘さんに伺いました。
●「あかにんじゃ」のモデルはコント55号のキャラクター?
───「忍者」というと、黒装束というイメージがあると思いますが、『あかにんじゃ』はその名のとおり真っ赤な忍者。この忍者にはモデルがいるそうですが……?
今の若いお母さんたちはご存知ないと思いますが、往年のお笑いコンビ「コント55号」。その中に「赤忍者」というコントがあるんです。坂上二郎さん演じる「赤忍者」が、もう登場シーンだけで笑えるんです。そのインパクトが強かったもので、そこから着想を得ました。
───コントのキャラクターが絵本の主人公になるなんて、面白いですね。
ただ、改めて「あかにんじゃ」について書こうと思ったとき、人間の自意識の中にある、自分だけが特別で、周りと違う存在だと考える思考が「あかにんじゃ」なのではないかと思い至りました。
最近では「中二病」という言葉がありますが、誰もが自分は不器用で人に理解されないと思っている部分があるんじゃないかと思います。そういった思いをキャラクターにしたのが「あかにんじゃ」なのではないかと。
そう考えたら、赤い忍者というのは、突飛な存在だけど、普遍性のあるキャラクターのように思い、おはなしが誕生しました。
───たしかに、「あかにんじゃ」という存在は異質なように感じますが、「人とは違う存在だと思う個人」と考えたとき、とても共感できる部分があると思いました。
そうして生み出した『あかにんじゃ』の原稿は、最初、絵本のテキストとしてではなく、雑誌「母の友」(福音館書店)の中で発表しました。
───「母の友」2007年11月号ですね。それから絵本として出版されたのが5年後ですね。
最初に書いたときは、「あかにんじゃ」を絵本にする予定はありませんでした。その後、岩崎書店の編集者さんから絵本の文章を書く依頼を受けたときに、「絵本に向いているかもしれないぞ……」と思い、原稿を書き直してお渡ししたんです。
───絵を担当した木内達朗さんは、イラストレーターとして国内外で活躍されています。木内さんにお願いした理由を教えてください。
もともと、ぼくが木内さんの作品が好きで、いつか一緒にお仕事をしたいなと思っていました。同じ歌人仲間の東直子さんが木内さんと絵本を作っているのを知って(※)、うらやましいと思っていたんです(笑)。
───その夢が『あかにんじゃ』で叶ったのですね! ほかの媒体で発表した文章が、新たに絵本の形になって楽しめるなんて、とても面白いと思いました。
文章だけのときと、絵がついたときはやはり、印象が大きく変わると思うのですが、表紙の真ん中にドンと、真っ赤な忍者がいる、そのインパクトに驚きました。
この表紙が良いですよね。木内達朗さんは何パターンか表紙の候補を描いてくださったのですが、「忍術なら水蜘蛛!」とぼくの中で思いがあり、この表紙をお願いしました。この、水の色と赤忍者の対比が美しいですよね。
───水の色が緑色なのが赤忍者の色を引き立たせているように感じます。穂村さんご自身もやはり忍者好きなのですか?
本物の忍者には出会ったことがないのに、どうしてこんなに好きなのか……、自分でもふしぎに思うくらい好きですね。子どもの頃には、『カムイ伝』、『サスケ』、『仮面の忍者 赤影』、「忍法帖シリーズ」など超絶忍術を駆使して活躍する忍者が出てくる作品をたくさん読みました。
───その忍者好きな思いが、絵本からも感じられます。ページをめくると、一番最初に逆さまの「あかにんじゃ」がドン! と登場して、次のページでお城の石垣を上っている「あかにんじゃ」の引きの構図になる。そしてタイトルが置かれている……まるで映画のようなカメラワークだと思いました。
この構図は編集者さんが提案してくださったのですが、完成した絵を見たとき、ぼくも「映画みたいだ……」と感心しました。
───秘密の巻物を狙って、お城に忍び込んだ赤忍者ですが、赤い忍び装束が目立ってしまい、案の定お城の侍たちに見つかってしまいます。赤忍者を追い詰める侍たち、みんな同じ裃姿のように思っていたのですが、よく見るとちょっと変で……。
まず、紋にアディダス風のロゴがついている侍がいますよね。それから、ナイキのようなロゴがついている侍。あと、刀ではなくバットを持っている侍も……。
───よーく見ると、ちょっとずつ変な侍がいるのが笑いを誘います。こういう細かい所は木内さんにお任せなのですか?
そうですね。原稿によっては、ト書きで状況を画家さんにお伝えすることもあるのですが、この原稿は特にト書きを付けず、木内さんにお任せだったと思います。絵ができてから、ぼくが文章を直す作業をしました。
───絵ができてから、文章を直したのですね。
はい。例えば「あかにんじゃ」が侍たちに追いつめられる場面。最初の原稿では「あかにんじゃは おいつめられてしまいました」というようなちょっと説明的な文章だったと思うんです。でも、絵を見たら追い詰められていることが一目で分かるので、「あ、あぶない!」のみに変えました。全体的な文体も、もっと抒情的だったように記憶しています。
───文章を書き直すのは、大変ではありませんでしたか?
ぼくはそれまで、絵本の翻訳の仕事をしたことがありましたが、ゼロから絵本の文章を作る作業はしたことがありませんでした。なので、大変どころか楽しい発見ばかりでしたね。特に面白かったのが、文章の配置。先ほどの「あ、あぶない!」も「あかにんじゃ」の側にあるからより臨場感が出る。これが離れてしまうと、あぶない感じも薄れてしまうような気がします。
───たしかに、追い詰められた緊迫感が読者にも伝わってきます。
それと「ドロンドローン」という文章。厳密にいうとこれは変身時の効果音で、実際には「オンコロコロナントカソワカ……」のような呪文が別にあるはずなんです。
ぼくも、最初の原稿には書いていたと思うのですが、木内さんの絵ができて、改めて文章をチェックしたら、リズムが悪いような気がして、カットしました。絵があれば、「ドロンドローン」だけで通じるんじゃないかと思ったんです。
───「ドロンドローン」という短い文章の中にもそんなやり取りがあったんですね。
ぼくは普段、短歌や詩など韻文を書いているのですが、声に出して読む行為があるところは、絵本と近しいジャンルだと、絵本に対して親近感を持っていました。ただ、絵がついたときの文字の位置などは未知の要素でした。文字の位置によって、読者が受ける印象がこんなにも違ってくるのか……とすごく感動しました。
「ドロンドローン」という言葉も、読者によっては、ページをめくりながら読む人もいると思うんです。そういう読者がどう読んでくれるだろう……と考えながら、自分でも声に出して何度も読み返す作業をしたのも、絵本ならではだと思いました。
───とても楽しみながら絵本を作られたのですね。木内達朗さんは絵本の世界では穂村さんの先輩だと思います。木内さんから『あかにんじゃ』について、何かアドバイスはあったのでしょうか?
よく覚えているのは、「あかにんじゃ」が「あかカラス」に変身して、そのあと、カラスから攻撃されて「あかチョウチョ」になる場面。
ぼくが最初書いたテキストには、チョウチョが隠れる予定の祠(ほこら)がなくて、チョウチョは普通に飛んで逃げる設定だったんです。でも、カラスもチョウチョも飛べるから、チョウチョになる意味がないと言われました。そこで、祠を登場させて、カラスは入れないけれど、チョウチョなら入って逃げられる理由を作ったんです。
文章を書いたときは気が付かなかった違和感を、絵を描く人はちゃんと見抜くんだなぁと思いました。
───カラスから逃げた「あかチョウチョ」は、虫取りに来た子どもたちに追いかけられます。この場面、小さくゾウがいるのですが……。
あかにんじゃ」の世界自体が、時代劇的な設定からはじまったかと思ったら、カーアクションがはじまって、白バイに乗ったお巡りさんまで出てくる……とっても変な世界なんです。なので、木内さんがちょっとずつ『あかにんじゃ』の世界の中におかしな部分を入れてくれている。そうすることで、読者に「この世界は変な世界なんです」とお伝えしているんです。
───侍の紋付にアディダス風のロゴが描かれているのも、そういう違和感を植え付ける伏線なんですね。
木内さんの画風が、もともとナンセンスだったなら、どう描いても変な世界が出来上がると思いますが、とても緻密に描かれる方なので、リアリズムとナンセンスのバランスを取るために、今回のような変な世界を作り上げたのだと思います。そのバランスが絶妙なんですよね。カーアクションのシーンとか、メチャメチャ格好いいんだけど、おじさんも車も赤い……それがおかしくて、クスッと笑えるんです。
───白バイに追われて、「あかいおそら」に早変わりした「あかにんじゃ」を見上げている人々の姿も、頭にカラスがとまっていて、カラスの頭に黄色いチョウチョがとまっていて、変ですものね(笑)。
ぼくのテキストは「ほんとうに きょうの ゆうやけは とくべつ まっかで きれいです。」で終わるのですが、この絵本はそのあとのページがすごく効果的だと思うんです。
───星空の中、信号機に「あかにんじゃ」が隠れている場面ですね。
この信号機をどこかの市町村で作ってもらえないかと、本気で考えました。そのくらいインパクトがあって素敵ですよね。
───子どもたちは、信号機に隠れている「あかにんじゃ」を見つけて大喜びすると思います。それと、よく見ると星も手裏剣の形になっている……。遊び心満点ですね。このラストも表紙のように何パターンか候補があったのですか?
たしか、何案かもらっていたと思います。その中のひとつに、地球があってその周りの宇宙が赤いという下絵もありました。それも壮大で好きだったのですが、これだけ変な世界を描いたので、最後は現代の等身大の目線に戻った方が良いと話し合い、今のラストに決まりました。
───穂村さんから、絵に関して要望を出したところはありますか?
あまり細かいお願いはしなかったと思います。「あかおじさん」の顔を俳優の渥美清さん風にしてほしいとリクエストしたことは覚えています(笑)。
あと、文字が入ってみてから提案したのは、タイトル部分の作者の名前の間に、家紋のようなデザインで赤い色が使われていたんですが、ここは「あかにんじゃ」に注目してほしいと思ったから、黒にしてくださいとお願いしました。