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さみしさとのつきあいかた
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投稿日:2021/09/17 |
「ふたりでいるのにひとりぼっちだった」
「一緒にいても淋しかった」
芸能人の離婚会見で耳にするそんな言葉がうかんできました。
先日読んだ寺地はるなさんの『雨夜の星たち』にこんな一節
「友だちがいないのはさびしいことである。一般的にはそういわれている。人格に問題があるかのようにようにあつかわれることもある。問題は友だちの有無ではなく、さびしさとのつきあいかたではないだろうか。」
おおぜいに囲まれてどんなににぎやかでも
さみしいこともあるし
傍にいる人がたったひとりでも、何も言わなくても
さみしさが和らぐこともあるでしょう。
心がその人に向いていれば。
のこされていた少年とずっと仲良く暮らすくことが
巨人のさびしさとのつきあいかただったのだと思います。
そしてそれは、少年にとっても。
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あの頃の花が
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投稿日:2021/08/26 |
5匹のキツネたちは
どんな人間に化けたかったかといえば
県庁のお役人さん。
けれどコンコンがなりたかった人間は
もしかしたら五助じいさんだったのかな?
毎日「タポンタポン」を聞きながら
じいさんの後をついていったコンコンの目の前には
いつもいつも水筒代わりの湯たんぽがあったから
湯たんぽが五助じいさんそのものに思えたのかな?
おかげでご隠居さまのひざでコンコンもぬくぬく。
じいさんもいい心持ちになれて、めでたしめでたし。
さて、このお話、頁を繰るごとに郷愁が漂います。
ストーリーも昔話風な素朴さとあたたかみにあふれているのですが
描かれている草花が
私が子供の頃、道端や社宅のどこの家の庭にも咲いていた花ばかり。
小屋の前に咲くのは、ぎぼうしかな?紫蘭かな?
切り株の前には丘虎の尾。
我が家の隣の空き地には一面月見草が咲いていたし、
お地蔵さんの周りのイヌタデや
掲示板の足元のアザミ。
ご隠居さまの家には鶏頭や立葵、松葉牡丹。
おしゃれな片仮名の名前の花じゃなく
植えるともなく咲いていた花たち。
なんとも懐かしくあったかい。
コンコンの湯たんぽのほっかほかも
こんな感じだったのかな?
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プレゼントしていただき、ありがとうございました
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投稿日:2021/08/20 |
子どもたちが幼い頃
ガーゼハンカチやお昼寝枕のタオル、お茶碗…
みんなミッフィーちゃんで揃えていました。
それくらいお気に入りだったのに
絵本を読んだのは恥ずかしながら
今回キャンペーンでプレゼントしていただいて初めて。
以前、読み聞かせ講座で先生が
「赤ちゃんはいつもお母さんを見ているから
正面顔しか認識できず、
横顔の絵は、目が一つしかないと不思議に思う
それをよく知っているのがブルーナさん。
ブルーナさんの絵本の登場人物はいつも正面をむいている」
そんなふうに話されていたのを思い出しながら読みました。
なんとわかりやすい絵なのでしょう。
余計なものを全部削ぎ落とした究極の絵だと感じました。
お父さんって、「ふわふわさん」だったんだ!?
うさこちゃんたら海水パンツで泳いじゃうんだ!?
父子は口元で区別できるんだ!
ふわふわさんの水着のキュートなこと!
「まだくたびれない」って言ってたうさこちゃん
帰りの車で居眠り
頭の傾きが快い疲れを伝えてくれました。
かわいらしい大きさで
お出かけにもカバンにひょいと入れて連れていけますね。
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守り守られて残る
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投稿日:2021/08/09 |
コロナ禍、近年続く自然災害、近隣国との軋轢…
聖武天皇が憂えた危機感も
こんなふうであったのだろうかと想像します。
今日でさえ
大きな橋や超高層ビルを見ると
どうやって造るのだろうと感心しますが
コンピュータも重機もなかった天平のむかしに
よくもまあこんなに大きな仏像を!
と感嘆せずにはいられません。
君麻呂という偉大な設計者がいたこと
周りに土を積み上げ炉を移動しながら青銅を流し込んだり
頭部と手は別に作って鋳カラクリ法でつなげたこと等々
「なるほどそうやって」と頷くことばかり。
日本史の教科書には
743年大仏造立の詔が出され
752年に開眼供養の儀式が行われたことのみ載っていましたが
その後、頭がとれたり、大仏殿が焼失したり
修復や修理、再建を繰り返して
現在に至っていたのだと知りました。
建立されてから1300年もの間かわらず
人々を守ってくださってきたということであり
大仏さまもまた人々によって守られてきたのですね。
青春時代、一目惚れした仏像があります。
深い黒、限りなく慈愛に満ちたお顔―中宮寺の弥勒様。
吸い込まれそうになった記憶があります。
半世紀が過ぎ、親友から
その弥勒様に魅せられたと先日、便りが届きました。
私が出会った50年前からずっと同じ姿で私達を包んでくれていたのだ、いや実は50年どころか飛鳥時代からずっと人々の心を救ってきたのだと思い至りました。
そして私達がいなくなってからもかわらずに人々を癒し続けるのだと。
だから『ならの大仏さま』の中の
「大仏建立に関わりをもった人はつぎつぎに歴史から消えてゆきましたが、大仏は残ります。」の一節に感じるものがありました。
消えてはゆきますが、関わりをもった人々(許されるなら私達のように建立、造営に携わらなくとも心惹かれた人も含め)の思いも
残る大仏とともにあると信じたいです。
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なつかしさと新鮮さと
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投稿日:2021/06/19 |
このお話を読んだのは小学生の頃。
けっこうな厚さの昔話集の中に収められていて
カット程度の挿絵があるだけで。
それでも
♪さるのおしりはぬらしても じぞうのおしりはぬらすなよ♪は
囃子言葉のようなリズムで頭の中で広がって残り
私を愉快な気分にさせたのでした。
そうして今、こんなに楽しい絵で読めるなんて!
あの『かえるをのんだととさん』の斎藤隆夫さん
昔話にぴったりです。
おじいさんのなんと人のよさそうなこと!
さるたちは好奇心丸出しの表情。
神妙な顔で拝んでいたり
手に手に供える花を持っていたり
なかなか信心深そう。
だから、となりのじさまを川に放り込んだのも
怒ったというよりびっくりしたんでしょう?きっと。
はやしうたがおかしくて吹き出してしまったとなりのじさまも
よくある「となりの欲張りじいさん」とはちょっとちがって
憎めません。
あの昔話集を読んだ子供の頃を懐かしみながら
味のある絵にページの中、新鮮な風が吹きました。
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強さ
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投稿日:2021/06/04 |
息子が保育園児だった頃のこと。
「お母さんは女でよかった?」
「よかったよ。○○も女が良かった?」
「男でよかったよ。でもこんな男じゃ嫌だ」
「こんな男って?」
「……弱い」
当時、友達にキックやパンチをされて
されるがままでやり返せなかった息子に
力が強いのだけが強さじゃないんだよと話したけれど、
あの時この本があったなら
読んで聞かせてあげられたなら
どんなに勇気づけてあげられたでしょう。
人はたくさんの別れや
悔しい思い、思い通りにいかないはがゆさ、
悲しさや淋しさを経験しながら
人を好きになり、人を許すことを覚えて
初めて強くなれる。
その本当の強さがぐん太に石を持ち上げさせたのだと思います。
こぼれてどうしようもなかった涙と
「おおおおりゃあああ
どおおおりゃあああ
ど どうだああああ」
万感の想いがこもったかけ声が
ぐん太の強さの証です。
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いつか烏瓜のレースを
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投稿日:2021/05/21 |
私達が雑草と呼んでいる草に咲く小さな花の
なんと可憐なこと!
イヤリングにして耳に飾りたくなるほど。
その拡大写真は
万華鏡を覗いたようで魅了されます。
興味深いのは烏瓜の婚礼衣装。
みるみるひろがるレースを
是非1度見てみたい。
どこかにあったはずのルーペを探し出して
「さあ、庭へ野へ!」
そんな気持ちがふくらむ図鑑です。
野山の花が好きな親友の
今度の誕生日に贈ろうかな。
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あれっ?
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投稿日:2021/03/16 |
「物事を斜めにしか見られない」と言えば
偏った見方しかできないへそまがり といった意味合いで使われますが
こちらのねこくんの「ななめ」は
「ちょっと見方をかえてごらん」ってことですね。
物理的なななめだけではなく
立場や時や場所、気持ちの持ち様…
小鳥の傾げる首くらいにちょこっとななめにしたら
ちがった世界が見えてくる?
傾いた30度から45度は
「あれっ!?ちょっと違うんじゃない?」
の疑問の角度かもしれない。
ひとは
時間がもったいなかったり
自分に自信がなかったり
ひとりが不安だったりして
‘いつもどおり’や‘右へならえ’に走りがちだけれど
「そんなに急がないで!ちょっと立ち止まってみて」
「みんなと違っても大丈夫
自分の思いを曲げなくてもいいんだよ」
と、ななめねこは教えてくれます。
みんながななめになったら
こんどはまっすぐって
やっぱりただのへそまがりかな!?
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どんどこせ どんどこせ どんどこせ……
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投稿日:2021/03/09 |
「あっ『いわしくん』の!」と手に取りました。
鮭はけっこうな頻度で食卓に乗りますし
「園児や小学生が小さなバケツを手に手に稚魚を放流」とか
「村上で塩引き鮭の講習会」といったニュースを
毎年目にする身近な魚。
でも、模様がかわるなんて知りませんでした。
ベーリング海やアラスカ湾まで行っちゃうのも知りませんでした。
広い海に出た鮭が
どうして生まれた川に帰ってくることができるのか?
匂いで分かるんだって説もあるようですが
「どんどこせ」のかけ声が、その音が
波になって鮭たちに届くんじゃないだろか?
文章が5音、7音でリズミカルなので
調子に乗って読んでいると
いつしか「どんどこせ」が頭の中でリフレイン。
少年が川に沿って土手を駆けていく時
男の子の血となり肉となった鮭も
一緒に川を上っているんでしょう?
プールで泳ぐいわしくんとおんなじ。
少年の中にいる鮭にだって「どんどこせ」きっと聞こえたはず。
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トンビにも会えたよ
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投稿日:2021/02/10 |
小学生が喜んで聞いてくれる『おひっこし』を
読み聞かせによく選んでいたので
図書館で新しい999ひきを見つけて「おっ!」
秋にもう眠くなっちゃったおにいちゃんと
雪を見るまでおきていようって998匹の弟たち
ねむけざましにお散歩に行ったり、おしくらまんじゅうをしたり。
ダンゴムシやカメムシ、かなへびといった冬眠仲間をおこしちゃうわ、ヘビの穴で眠っちゃうわ、おにいちゃん、愉快愉快。
今冬はお正月から何十年ぶりの豪雪で
今も目に入るのは雪また雪。
999ひきのきょうだいに見せてあげられたらいいのにね。
あとがきを読んで
どこどこ?と頁をめくり直し
『おひっこし』でおとうさんをつかんだとんびと再会できました。
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