「頭のなかは、ぐるぐるしてる。
ほしいものは、自転車。
いらないものは、パパの口ひげ、ぐらぐらイス、ママご自慢のワンピース」
春、主人公の「わたし」は7歳。
三人姉妹のまんなかで、建築家のママとパパがいます。
「わたし」のパパとママは、ちょっと変わった人でした。
町で口ひげを生やしているのはパパだけだし、ママのワンピースはとっても奇抜。
家では、脚が三本しかないイスで生活しています!
かたや、おとなりに住んでる親友のベネディクテは、とってもふつうなおうちの子。
「わたし」は、ふつうのパパがいて、ふつうの家に住むベネディクテが、うらやましくってしかたありません。
あんまりうらやましすぎて、おなかが痛くなってしまうほど!
ある日、自転車をねだった「わたし」のために、わざわざイギリスから最高の自転車をとりよせたという、パパとママ。
自転車は近所でも買えるのに、なんでわざわざイギリスから……?
なんだかとっても、いやな予感──
アカデミー賞受賞のアニメーション作家が描く絵本!
本作は、著者みずからの経験をもとにしたアニメーション作品、「モールトンと私」(2014年アカデミー賞ノミネート)を絵本化したものです。
人とはちょっと違うけど、自由で自立した、「わたし」のママとパパ。
少し話のおおげさなおばあちゃんと、仲良しの姉と妹。
そして、「ふつう」である親友の家族をうらやむ気持ちが止められない、「わたし」。
魅力的なキャラクターと、カラフルなイラストレーションで描かれる本作。
しかしその楽しげなビジュアルとはうらはらに、描かれている物語は、せつなくて、しずかに胸にしみる、家族の物語です。
親友ベネディクテの家族に起きたある事件をきっかけにして、少しずつ変わっていくふたりの友情と、家族に対する「わたし」の気持ち。
あらがいようのない変化のなかで「わたし」がいだく、ちくちくと痛むような、肌寒いような、まだ言葉にもならない静かな感情。
著者自身の経験をもとにしていることもあって、「わたし」の目を通して見た、7歳の少女をとりまく世界のリアリティが、本作のみどころ。
「わたしの心は、ぐるぐるしてる。
ベネディクテに対する気持ちは変わった。
でもこれって、いいこと? わるいこと? わたしには、わからない」
うちがおとなり同士の親友、彼女の家にはふかふかの絨毯、かわいいペットの犬、それからふつうですてきなパパ。
すべてがきらきらしていた、あの夏の日にもどれたら──
「ふつう」であることにあこがれる少女が、移ろう季節のなかで、みずからと家族を見つめなおす、せつなくもあたたかな物語。
(堀井拓馬 小説家)
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