●「21冊目を迎える「宮沢賢治の絵本」シリーズ。 どの作品にも多くの山のようなエピソードがあります。」
───ミキハウスから発売されている「宮沢賢治の絵本シリーズ」は『銀河鉄道の夜』と『黄いろのトマト』で21作になりますが、これまでにもそうそうたる絵本作家の方が絵を描かれています。どの作品も作家さんと作品の組み合わせが絶妙で、毎回、とても楽しみなのですが、この組み合わせの妙はどのように生まれるのですか?

───それは、長年編集者として活躍された松田さんだからこそできる、確固たる勘なんですね。出版元であるミキハウスさんからの要望などはあるのですか?

───お伝えできる範囲で、出版が予定されている新しい作家さんと作品を教えていただけますか?
すでに決まっている方の名前は、絵本のカバーそでに8名すでに公表してありますが、その中で言えばミロコマチコさんなどは最近注目の新人ということになるのかな。ミロコさんには『鹿踊りのはじまり』をお願いしています。もう新人とは言えないけど、若手でいうと、やぎたみこさんに『風の又三郎』、出久根育さんに『ひのきとひなげし』、nakabanさんに『フランドン農学校の豚』、植垣歩子さんに『猫の事務所』、こしだミカさんに『カイロ団長』、岡田千晶さんに『ざしき童子のはなし』、おくはらゆめさんに『貝の火』をお願いしています。そして、もうお一人、90歳になられた柚木沙弥郎さんに『雨ニモマケズ』をお願いしました。あと二人、決まっていますが、それは来秋公表します。
───やはり、気になる作家さんと作品の組み合わせでした! どんな絵本になるのか、とても楽しみです。 宮沢賢治作品の絵本は、他の出版社さんからも発売されていますが、松田さんが絵本にする際に特に気をつけていることなどはありますか?
作品を深く読むことです。そして真摯に読むことだと思っています。その作品の文章を一字一句噛み砕くように何度も何度も読みます。そして絵本にしていくのです。おそらく絵本にするという、この仕事を経なかったら、文章を何度読んでいても気づかなかっただろうと思うことがたくさんありました。絵本にするという過程の中で、また画家の苦心や選択を目撃して、はじめて賢治の意図や作品の深さに気づくこともたくさんありました。
───絵本にするからこそ発見した賢治作品の特徴や、画家さんとのやりとりをいくつか教えていただけますか?
「熊、おれはてめえを憎くて殺したのではねえんだぞ。てめえも熊に生まれたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生まれんなよ。」自然と人とがむきだしに生命をやりとりする場所で、やるせない淋しさのなか、神聖なるものが、静かによりそい、結びあう・・・・・・。「あらしのよるに」のあべ弘士が賢治と真剣対峙して描いた渾身の絵本。

「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形いなるね。」「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせね。」−などと話しながら、なかよく雲見をしていた三匹の蛙たちが、その後、人間界で流行るというゴム靴をめぐって、どんなことになったか・・・・・・。 どこまでもみずみずしく、そして、どこかおかし味が醸し出される宮沢賢治の蛙たちの話を、松成真理子がいきいきと、味わい深く鮮やかに水彩画で描いた作品。

この作品では人間のはくゴム靴(長靴)をカエルが自分の足に合うように作り直す場面がでてきます。文章では「それを叩いたり、引っぱったりして、ちょうど自分の合うようにこしらえ直し」としか書かれていません。文章の力とはこういうものです(笑)。しかし、それを絵にするとなったとき、松成真理子さんは「いったいどうやったら人間の靴がカエルの足に合うようになるか」と悩み、その作り方を自分で一から考えて、なんと、その作り方を描いて見せてくれたんです。ホントにビックリでした。もちろんこれは採用しませんでしたが、でも画家は、納得がしたかったんだと思います。それは、どうしても必要な、すさまじくて素晴らしい回り道だったんだと思います。
「おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。 表情というものがまるで、できてない。 怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ないんだ。」 ―楽長に怒鳴られ、深夜まで懸命に練習するゴーシュのもとに、その日から毎夜次々に、動物たちがやってきた・・・。 見えない誰かが、必ず見守ってくれている・・・。 毎晩訪ねてくる動物たちとの至福の時間が、ゴーシュに音楽への情熱を再熱させる様子を、さとうあやが温かな目線で表現した作品。

『セロ弾きのゴーシュ』をお願いしたさとうあやさんと、セロの製作現場まで出向き、丹念なスケッチやセロについてのさまざまな裏付けをとりました。また、この物語で絵に描くべきポイントはどこなのかと話し合ううちに、なぜ数日のうちにゴーシュのセロが上達したのだろうかという話題になり、そのとき偶然見た、「小澤征爾と宮田大」という指揮者とセロ奏者のドキュメントから、うわべのテクニックではなく、解き放たれた感情が表に出てきたからだという結論に至り、絵本でもゴーシュの感情の変化をしっかり描いていこうと話し合いました。

2012年に、東日本大震災の津波でご家族を失ったという方とお会いする機会がありました。そのとき、その方が誰にともなくつぶやくように言ったんです。「あの日の夜空は……くやしいくらいきれいだったんだ……。あの夜は、きっと……銀河鉄道が、超満員だったんだろうなあ……」と。この本を作る責任を強く感じた出来事でした。
この作品はかつて沢田としきさんに依頼していました。でも沢田さんは絵を描き上げる前に2010年に病気で亡くなりました。ラフの打ち合わせがすべて終了し、本描きにかかる直前のことでした。お通夜の日、私は沢田さんの描かれたラフを本の形に整えて持参し、棺に入れてもらいました。沢田さんの逝去からしばらくは心の整理がつかず、新たにスタートさせることができませんでしたが、もう一度気持ちをまっさらにして依頼をし直しました。『虔十公園林』は2014年に伊藤秀男さんの絵で発売される予定です。伊藤さんに依頼をしたその場で、沢田さんと仲の良かったことを知りました。沢田さんとの経緯をすべてお話した上で引き受けてくださいました。刊行に向けて、いま着々と進んでいるところです。
───一冊、一冊に本当にいろんな画家さんとのやりとり、エピソードがあるんですね。
宮沢賢治の作品は文章もとても特徴的だと思いますが、絵本にする際の文章のこだわりを教えてください。
───その代わり総ルビにしたり、絵本の最後のページに毎回、「言葉の説明」をつけるなど、子どもにも読みやすい工夫をされているんですね。
ルビに関しては、宮沢賢治の研究者として有名な天沢退二郎さんにルビ監修を依頼しました。必要な場合は賢治の生原稿に当たって真偽を確かめたりと、様々なやりとりをしながら文章を整えています。言葉の説明については、これまでの多くの研究者の方たちの成果の上に成り立っていますが、私の方で独自に追加しているものもあります。