まるで一編の良質な映画を見終わった後のような、胸に興奮と安らぎが同時にやってくるこの絵本は、少女と旅芸人との心のつながりを描き出します。
今から100年ほど前のパリ。マダム・ガトーがいとなむ宿屋は、いつも世界中の旅芸人でにぎわっています。娘のミレットは、お客さんにくつろいでもらえるよう、シーツ洗いに床みがき、いもの皮むきなど大人顔負けの腕前で一生懸命働きます。彼らが語る、旅の道中の出来事に耳をかたむけるのが、何よりの楽しみだったのです。
そんなミレットの前に現れたのは、引退した綱渡り師の男ベリーニ。中庭で綱の上を歩いているベリーニを見かけたミレットは、あっという間にその魅力に惹きこまれていきます。ベリーニに断られても、どうしても挑戦してみたいミレットは…?
物語は、ベリーニが実は「神業のベリーニ」と呼ばれる伝説の男だったことがわかってから急展開を迎えます。なぜ彼は引退をしてしまったのか、それを聞いたミレットは何を思ったのか。そこから続くのは緊張の時間の連続。そして誰もが忘れられなくなる感動と喜びの場面へと続いていくのです。
「どうしてあんな怖い思いをするんだろう?」今までは、綱渡りをする人の気持ちなんて想像もつかなかったのだけれど、ベリーニの発する一言に初めて心が揺らいだ気がします。
「いったんおぼえてしまうと、足に地面がついていられなくなる」
さらに驚いたことに、ミレットは一度も綱の上に乗っていないのに足がむずむずし、すでに地面についていられないって言うのです。ああ、この人たちにとっての綱の上とはそういうものなんだと、なぜか納得させられてしまう印象的な場面です。
彩りも鮮やかに描かれた古きパリの街を背景に、かたい絆でむすばれたミレットとベリーニの物語。1993年コルデコット賞受賞作品です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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