藤城清治さん86歳の最新作は、初めて絵本として選んだアンデルセンの名作「ぶどう酒びんのふしぎな旅」を、新たにカラーの影絵として描き下ろされた渾身の作品。まさに原点への挑戦です。
今はコルクの栓のついたビンのかけらとなって、鳥の水のみ代わりとなっているぶどう酒びんが、波乱に満ちた自らの半生を語りだすところから物語は始まります。上等なぶどう酒びんとして生まれ、ある毛皮商人の家に買い取られ、若くて美しいお嬢さんの喜びの瞬間に居合わせます。そして、そのまま空高くほうり投げられたびんの長くてふしぎな旅が始まるのです・・・。
人生の喜びと悲しみとはかなさが描かれたそれぞれの場面が、読む者の心に強く印象に残っていくのは、言うまでもなく60枚にも及ぶ叙情溢れる繊細で美しい影絵の効果。思い入れのあるこの物語を、藤城清治さんは絵本デビューから60年目にあたる86歳の誕生日を目標に、2、3年前から取り掛かられてきたのだそうです。そんな表現者としての藤城さんの人生と、この古いぶどう酒びんの物語との不思議な重なり。多くの説明がなくとも、読むものの心にその深みと感動が差し迫ってくるようです。その迫力は、子どもはもちろん、多くの大人の心を揺さぶり、そして力づけてくれる事は間違いありません。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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光と影に人生の万感をこめ、藤城清治、原点への挑戦!
初めての絵本として選んだアンデルセンの名作を、86歳にして、新たに描き下ろす渾身の作品。
「徹子の部屋」でも紹介!
あばら屋の二階の窓辺に、老婆の飼い鳥の水飲み用に置かれた、こわれたぶどう酒びん。じつは、このびん、老婆が、美しい少女だったころ、その婚約の席で空けられた、ぶどう酒びんだった……。使われては、捨てられ、また拾われて、べつの人の手に渡りというぶどう酒びんの旅が、人生の遍歴とオーバーラップしていきます。アンデルセンの名作を、世界的な影絵作家の藤城清治が、人生の万感をこめて絵本化。
【影絵/藤城清治さんからのメッセージ(あとがきより、抜粋)】
ぼくの原点はアンデルセン童話だ。人間だけでなく、すべての動物や植物、椅子や机やびんにも、愛と命をふきこんで人生を描き出すからだ。(中略)
名編集者として名高い花森安治さんと出会い、「暮しの手帖」に連載がはじまった。「君の影絵は光をあてて演じる影絵劇から生まれたから、動きがあり、絵が呼吸している。」と花森さんは評して、ぼくの影絵を、絵と光がドッキングした新しい芸術だ、とほめてくれた。影絵の連載から1年余りたったとき、影絵の絵本を、ぼくの一番好きな話で出すことになった。ぼくは、このアンデルセンの「びんの首」を選び、題名を「ぶどう酒びんのふしぎな旅」とした。そして1950年26歳のとき、ぼくの最初の絵本として世に出た。びんの一生をたどりながら、それぞれの人生の喜びと悲しみとはかなさを描いた物語で、影絵はモノクロだった。(中略)
ぼくの影絵がカラー主体になった50歳くらいから、カラーでもう一度、この物語を絵本にしてみたいという気持が強くなってきた。モノクロで約60枚の影絵が数ヶ月かかったから、その何倍も手間のかかるカラーでは、そう簡単にとりかかれなかった。しかし、年とともに思いはつのり、2、3年前から、最初の絵本刊行から60年目にあたる、ぼくの86歳の誕生日を目標につくりはじめた。
つくりだすと60年間のさまざまな想いが、この物語にだぶって次々とオーバーラップしてきて、急に涙がこみあげてきたりする。真夜中、ひとりで涙を流しながら切り抜いていることも何度かあった。
60年の長い人生を乗り越えてきた、経験と技術と感度のすべてをこめて作らなければ、再び作る意味はないだろう。ただ60年前もいまも、切っているのはただの剃刀の刃で、紙も、新聞紙やトレーシングペーパーやザラ紙だ。道具も材料も、どこにでもあるありふれたものばかりで、変わっていない。心も、原点は学生時代からずっと一本道を歩き、変わらない。どこまで奥深く掘りさげられるか、ということでしかないだろう。
訳文の町田仁さんは、慶応の児童文化研究会の人形劇の中で一年先輩だが、いまも健在で、文を書き直してくれてうれしかった。
できた絵本はまず、天国の花森さんに捧げたい。きっと喜んでくれるだろう。そして、世界中のこどもは勿論、大人にもひとりでも多く、見てもらいたいと思っている。この光と影の絵本を通じて、人生の美しさや喜びを感じとっていただければ、こんなうれしいことはない。
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