おおきな公園のベンチに、ちいさな羊のぬいぐるみが、ぽつんと座っていました。
なんでこんなところに置いてあるのだろう?
通りかかる人はみんな、不思議に思います。
「あんた、捨てられたのかい?」
猫がたずねると、羊のぬいぐるみは答えました。
「ちがうよ、ちょっとわすれものになっただけ。捨てられたら迎えはこないけど、わすれものは迎えがくるんだ」
いちばんの友だちが迎えにくると信じて、ベンチを決して動こうとしない羊。
「ぼくがいないって、気づいたかな。もしも気づいてなかったら、どうしよう」
やがて日が沈み、雨が降って、羊は濡れながら夜をすごします──
子どものころに感じた、迷子のときの気持ちを、覚えているでしょうか?
身ひとつで深海のど真ん中に放り込まれたような恐怖。
どことも知らない場所で、どうすればいいのかまるでわからないまま、身動きのとれなくなってしまうあの不安。
もしも自分が同じように忘れられてしまったら?
もしも自分のお気に入りを、どこかへ忘れてしまったら?
そんなふうに考えてみると、羊の心細さがなんだかとてもリアルに想像できてしまって、胸がしめつけられます。
「ぼくのことを忘れるなんて!」
そんなふうに怒ってみたり──
「今ごろぼくがいないと気づいて泣いているんじゃないか」
そうして心配してみたり──
不安のせいでいろいろなことを考えてしまって、ますます心細くなっていく羊。
その感情のゆらぎがあまりにあわれっぽく、
「おねがい、気づいて!早くむかえにきて!」
羊といっしょにそう願わずにはいられません。
まだ私が小学生になってすぐくらいのころ、お気に入りだったムササビのぬいぐるみをレストランに忘れてきてしまったことがありました。
帰りの車中でそれに気づき、大泣きで迎えにいったことを覚えています。
そのぬいぐるみも、今は娘の遊び相手。
あのとき迎えにいってよかった、早く気づけてよかったと、この作品に出会ってしみじみ思い返しました。
お気に入りのあのぬいぐるみが、あの人形が、もっと愛おしく大切に想える、やさしい一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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