ヘンダは相手を知るチャンスかもしれない
ワクワクしながら出かけたモプー。
ところがひとつ、ふたつ、ともやもやするできごとに出会います。
タイトルの「モプーはヘンダ」
このお話に出てくる「ヘンダ」は自分と「ちがう」「りかいできていない(理解できないではない)」ということかな。
誰がモプーのことを「へんだ」と言ったんでしょう。
それとも誰かがこころのなかで「へんだ」と思ったのでしょうか。
そういう人もいるかもしれませんが、モプーが相手の言動を、「なんだかへんだぞ。なにかがちがうぞ」と感じたのではないかと思うのです。
難しいですよね。直接否定的なことを言わなくても、何の気なしに発した言葉や、ついとってしまった態度や視線、漏れ出てしまった笑みや声が、モプーをもやもやさせるのです。
明らかに、意図的に差別をしたり、傷つけようとしているわけではなくても、モプーにとってはつらい状態。
そこでともだちのひとりが突然、自分の「ヘンダ」を仲間に披露します。そこから他の友だちも「ヘンダ」を伝えあってモプーの気持ちも軽くなっていきます。
違うことは決して変なことではない。私は「ヘンダ」に相手との距離というのか、隔たりというのか、透明な壁のようなものを感じました。自分と違うことに気づき、その相手のことを知っていけば、「なんだかへん。なんか違うみたい。」という相手との距離が縮まって、相手を知ること、理解することにつながっていくんじゃないかなと考えました。
他の人はどう感じたか聞いてみたいなと思いました。
投稿日:2026/08/31